<目次>
  • 第一章 103歳になってわかったこと
  • 第二章 何歳からでも始められる
  • 第三章 自分の心のままに生きる
  • 第四章 昔も今も生かされている


著者の篠田桃紅さん。本書出版時点で、数えで103歳(満年齢102歳)、現在数えで104歳(満年齢103歳)。水墨を用いた美術家で、現在も現役で活動されています。私が本書に魅せられたのは、私自身が生涯現役でいたいと思うからです。90歳を過ぎ、なお現役だったピーター・ドラッカー、100歳を過ぎてなお現役の聖路加病院の日野原重明先生。


そして、篠田桃紅さん。こうした方々がどのような人生観を持っているかということを知ることは、今後、生涯現役の人生を歩んで行く上で、なにがしかのヒントになるでしょう。


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自らに由り、心を平穏にする

孔子は、「七十にして心の欲する所に従って矩を踰えず」と言いました。桃紅さんも、100歳を超えて、同じような境地に至っているのではないかと推察します。いくつか言葉を引用します。


自由とい熟語は、自らに由ると書きますが、私は自らに由って生きていると実感しています。自らに由っていますから、孤独で寂しいという思いはありません。むしろ、気楽で平和です。 (P15)


「自由に生きる」ということは、まさにこういうことだと思います。「心の欲する所に従って矩を踰えず」は、このことを指します。心が平穏だからこそ、長生きをされているのかもしれません。長生きの秘訣は、自らに由って、心を平穏に保つことかもしれません。


生きている限り人生は未完

「いつ死んでもいい」と自分自身に言い聞かせているだけで、生きているかぎり人生は未完だと思います。 (P37)


それでいて、「生きているかぎり人生は未完」とおっしゃいます。100歳の方が未完なのに、どうして、それより若い年齢で、人生が完成しようか。しかし、この言葉を裏返すと、人は死して完成する、ということになるのかもしれません。あるいは、死しても未完で終わってしまうこともあるのでしょうか。


分からないことのほうが多い。

若い友人は、同級生がなぜ自殺しなくてはならなかったのか、自分になにかできたのではないかと、積年、そのことが心の底にある様子でした。

私は、納得しようとするのは、あなたの思い上がりです、と言いました。

人というものは、納得できないことのほうが多い。自分たちの知恵では、わからないことのほうがずっと多い、と長く生きてきた年の功で教えました。ですから、なぜ自殺したのかは誰にもわからない、と。 (P67)


年を重ねると、分かっていることより、分からないことのほうが多いとだんだん気づいていきます。無知の知です。分からないことのほうが多いという考え方に及ばないとは、自分の無知に気づかないことになります。自分の無知に気づかない人の言葉は、現代風に言うと「イタイ」ということになるのでしょうか。




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