世界のどこかで居候世界のどこかで居候
著者:中山 茂大
リトル・モア(2010-02-06)
販売元:Amazon.co.jp
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居候旅行記


タイトルの通り、二人組みの著者(文:中山茂大、写真:阪口克、プラスたまに中山氏の奥さん)が世界のどこかで居候した時のことを綴った旅行記である。本書に登場する国は、モンゴル、イエメン、パプアニューギニア、インド・ラダック地方(中国・パキスタン国境付近)、モロッコ・アトラス山麓、モロッコ・サハラ砂漠、カンボジア、ネパールである。


人々の息吹が聞こえてくる


そして居候期間は1週間である。これより短くもなく長くもない。居候することにより「世界が見え」、「人々のナマの暮らしが見えてくる。」

これより短ければ客扱いされ、1週間というのは、相手にとって「空気のような存在」になれる。逆に1週間より長くなってしまうと、その雰囲気に慣れてしまうことにより、客観視ができなくなる。

著者達は何も求めない。現地の人たちの生活をそのまま客観的に描写するだけである。現地の生活の息遣いが聞こえてくるようだ。

登場する国々


登場する7ヶ国8ヶ所のうち、モンゴルとサハラ砂漠は、大草原・大砂漠という非常にきびしい自然環境だ。この二国に共通すると感じたのが、「おまえの物はオレの物」という互恵関係だ。

他人の家でもズカズカと上がり、勝手に食べて、お礼も言わずに去っていく。一歩屋外に出れば食料の調達が難しい。隣の家まで何キロもある。死んでしまうかもしれない。そんな厳しい自然と背中合わせで暮らしている者同士、お互い食料を恵み合う関係が成り立っているのである。

比較文化論


本書の構成は、国別の紹介のあと、後ろの1割ほどで、さまざまな局面での登場する国々の比較論を展開している。1.比較屠畜学、2.比較美人論、3.比較兵法論、4.比較トイレ考、5.ハイテク未来高額、6.みやげもの文化論。

屠殺を考える


この中で比較屠畜学は、本書の中で一番強烈であった。生きるということは、食べることである。発展途上国であるこれらの国々では、一日の時間のかなりの部分を食べ物の調達・準備に時間を費やす。

そして、動物性たんぱく質は、「さばかれた肉を買ってくる」のではなく、「自ら動物を屠殺する」ことによってでしか、調達できない。屠殺の手際が極めて速い。文明が進んで分業が進んでしまった我々日本人の多くは、屠殺経験がない。

彼らも我々日本人も、生きるために動物性たんぱく質を摂取している。殺生はむごい行為ではない。生きるための必然であることを改めて思い起こさせられた。

本書との出会い


夜の読書会MAX(2010/7/30)で紹介された。図書館ですぐに借りることができず、借りるまでに5ヶ月を要した。2011/1/4読書開始、2011/1/6読了。

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