ハインリッヒ・シュリーマン。後にトロイ遺跡を発見することになる。その発見に先立つ6年前の1865年、シュリーマンは清と日本を訪れていた。日本滞在期間はわずか3ヶ月。これほどまでに幕末の日本を生々しく写実的に描写しえた者はいただろうか?


目次

第一章 万里の長城

第二章 北京から上海へ

第三章 上海

第四章 江戸上陸

第五章 八王子

第六章 江戸

第七章 日本文明論

第八章 太平洋


前半三章は清朝の中国、後半四章は日本についての記述であり、実に対比的に描写している。


全ヨーロッパの1.5倍もの人口を要しながら、没落の途上にあった清朝。街並みや宿舎は「ぞっとするほど不潔」で、紫禁城の城壁や昔立派であったろう寺院は崩れかかっている。女性は纏足をはかされ、女性は芝居小屋へ出入りすることもできなかった。


一方、日本では、街の店先は開け放たれ、奥には畳の部屋、矮小な木で飾られた花壇(盆栽)で彩られた庭が垣間見れる。人びとの生活は華美にならず、部屋に置かれている家具は、火鉢以外、何もない。街は清潔に保たれ、田畑はよく耕されている。


梅雨時で蒸し暑いということもあり、街は半裸の男が歩いているのだろう。また、銭湯の湯船は通りからも見えるようで、男女混浴だった。アダムとイブにたとえ、シュリーマンには恥じらいのない、純真無垢な姿に写る。


当時、ヨーロッパでは読み書きができたのは男のみであったが、江戸は女も読み書きができ、ヨーロッパ以上に教育が行き届き、その文明度の高さに驚嘆する。役人たちは礼儀正しく、精勤である。受けた親切に対し現金を贈ろうにも、決して受け取らない。逆に受け取るようなことがあれば、切腹しかねない。


かように日本のことを褒めちぎるも、一点のみ、容赦なく日本を批判する。それは、民衆を抑圧した封建体制である。目付という諜報機関がたえず見張っており、民衆もお互いがお互いを監視し合う社会だった。そして、その封建社会は、シュリーマンが訪日したわずか2年後、大政奉還・明治維新というかたちで一気に瓦解し、日本にもあらたな自由な時代が到来したのだった。


抑圧した封建体制のように、消えてよかったこともあれば、同時に日本人の美徳・美点も消えてしまった。外国人の目から見た江戸時代を描写した本書は、江戸時代を再考し、日本人の原点を理解する上でも最良の書と言える。



↓↓参考になったらクリック願います↓↓
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村