なかなかブログを更新できずに、[読書]2013年5月に読んだ本(1/2)を書いてから一月過ぎてしまいました。すみません。


間が抜けてしまいましたが、(2/2)を書きます。



日本という国が置かれている状況を政治面・経済面で最も正しく表しているであろう人の一人が野口悠紀雄氏だと思っています。政治の世界では、左右社会党が合同し、保守勢力が集結し自民党が成立した1955年に、その後の日本の体制が決したということで1955年体制と呼ぶわけですが、野口氏は、本書でずばり、官僚主導の統制経済が始まったのは大戦前の1940年前後だと言います。社会保険制度、所得税の源泉徴収、企業別労働組合、金融の系列化、借地借家法、食糧管理法。


本書が最初に記されたのは1995年。その後、橋本内閣の行政改革や小泉内閣の構造改革を経て、行政による過度の規制は緩和されました。そして本書は2010年に出版された2度目の改訂版です。1990年代後半以降、行政面の改革が進行したことに対し、企業こそが1940年体制を温存させてはいないか、それが経済のダイナミズム・経済成長への手かせ足かせになってはいないか?と警鐘をならします。


現在のありとあらゆるビジネスパーソンに必読の書ではないかと思います。




4月に参加した非ビジネス書からビジネスを学ぶ3分プレゼン会で照会を受けた本です。日本人には「敗者の美学」がありますが、そんな美学を二宮氏は否定します。スポーツではルールは一定ですが、ビジネスでは都度状況が変化します。抽象化することにより、ビジネスのエッセンスをスポーツから学べそうです。また、弱者と敗者の違いも得られました。弱者には理解と配慮を、敗者には挑戦のチャンスが必要とのことです。



中央線がなかったら 見えてくる東京の古層
陣内 秀信, 三浦 展
エヌティティ出版 ( 2012-12-21 )
ISBN: 9784757143012

毎日、中央線で通っています。中央線の高円寺駅の本屋さんで本書を見つけました。東京を東西に横切る中央線。現代ではあたかも中央線を軸に街が広がりを見せていますが、もともと前身の甲武鉄道が開通したのは1889年のことでした。それまでに武蔵野台地はどんな様相を呈していたのでしょうか?


国府・国分寺が設置された奈良時代、鎌倉に幕府が置かれた鎌倉時代、そして江戸に幕府が置かれた江戸時代。湧水のあるところに寺・神社が置かれ、当時の政治の中心地を軸に街道は整備されました。たとえば阿佐ヶ谷には南に伸びるパール商店街があります。これは鎌倉へ通じる鎌倉街道の名残だとか。江戸時代には江戸を起点に放射線状に街道が整備され、武蔵野台地は青梅街道が東西に整備されることになりました。中央線は、青梅街道沿いの住民が蒸気機関車の煙を嫌がったため、何もない荒野を突っ切るように敷設されたのです。




電通のクリエイティブ・ディレクターで『ピッカピカの一年生』や「セブンイレブン、いい気分」を手がけた杉山恒太郎氏の著書。どのようにして『ピッカピカの一年生』のテレビ広告は生まれたのでしょうか?そしてまた、なぜ、あのテレビ広告は姿を消してしまったのでしょうか?


杉山はこう述べます。「僕たちの撮影現場でもあった小学校の校舎、当初はまだ味のある木造の建物がいっぱいあったのですが、それらが壊され建て替えられていくのとほぼ同時に、ピッカピカの子どもたちの姿が消えたように思います。」


たしかに今、あのころの子どもを見なくなってしまいました。我々は仕事・生活・育児のあり方について、何か見直す必要があるのではないかと示唆を与えてくれます。




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