三女の学校のイルミネーション


2018年のクリスマス行事の足跡を残しておきます。


  • 12月19日(水) 次女の学校(カトリック校)は見送ったが来年は参加したい。
  • 12月23日(日) 三女の学校(カトリック校)でクリスマスイベント。帰路、新宿高島屋に立ち寄る。
  • 12月24日(月) 次女の学校(カトリック校)のミサに参加。一昨年まではプロテスタント教会で参加していたため、カトリックのミサは初めて。



高島屋エントランス



12月24日の夜、次女の学校からの帰り道



今季は次女が2つケーキを作った。23日版と24日版。写真は24日版。かなり本格的になった。


カトリック校のクリスマスイブ


カトリックでのミサは初めての経験につき、気づいた点を記録しておこうと思います。まず、歌われる賛美歌がほとんど違いました。知っている賛美歌は106番のみ。通称『荒野の果てに』(Angels We Have Heard On High)で、さびの部分が「グローリア」の有名な曲です。



また、最後の晩餐でのキリストの肉(パン)を食べ、血(ワイン)を飲む点。マタイ福音書26:26-28に書かれています。

一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、祝福してこれをさき、弟子たちに与えて言われた、「取って食べよ、これはわたしのからだである」。また杯を取り、感謝して彼らに与えて言われた、「みな、この杯から飲め。これは、罪のゆるしを得させるようにと、多くの人のために流すわたしの契約の血である。」


このパンとワインを頂くことができるのは、カトリック信者の方だけです。目視確認をした限り、信者の方は1割も満たないように思いました。


出資者か消費者か


さて、ここで不思議に思うのです。カトリック校というのはカトリック教会により設立されました。その基となる資金源は寄附です。言うまでもなく、ほとんどの私学は当初寄附により設立されています。大河ドラマ『八重の桜』では、寄附金集めに奔走する新島襄の姿が描かれました。


不思議というのは、カトリック校においては、少数のカトリック信者たちに対し多数の非信者を受け入れていることです。もちろん授業料は払っているものの、それは私企業における「客」と同じで、対価を支払ってサービスを享受している消費者に過ぎず、決して出資者の立場ではありません。


元大阪大学総長であり哲学者の鷲田清一氏は、文明が進化し、あらゆることが分業化されていくことで、たしかに便利になった反面、出産や死など、人の生死に関わることはもはやサービスを受けないと自分や家族だけでは対処できないようになってしまったことを指摘しています。



カトリックの方々は、現在も出資しているかどうかはともかく、奉仕をしているのは事実です。信者でもない私は、学校というサービスを消費するだけでいいのか、ふとそんなことを感じたクリスマスイブでした。



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