『1984年』
Jordan L'Hote - 投稿者自身による作品, CC 表示 3.0, リンクによる


20世紀最高峰のディストピア小説という呼び名の高い『一九八四年』。訳者後書きによると、イギリスでは「読んだふり」をされる本ナンバーワンとのことです。一種の教養書であり、知らないことは恥なのかもしれません。


本書の出版は1948年で、舞台は1984年です。1948年の時代背景が色濃く反映されているようです。ネタバレしない範囲での考察を前半に、ネタバレな考察を後半に持ってきました。ネタバレを読みたくない方は前半のみをお読みください。なお本書は2回の読書会で紹介しました。



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前半の考察:時代背景から


後書きの解説で当時の時代背景が書かれておりました。まず、Wikipedia等を確認しながら年表を確認していきます。


イギリスの左傾化

1945年7月、対ドイツ戦争を勝利に導いたウィンストン・チャーチル率いる保守党は選挙に敗北、1945年から1951年まで、労働党に政権を奪われました。労働党政権は、イギリス銀行や重要産業を国有化し、後に「ゆりかごから墓場まで」と言われる福祉政策を遂行することになります。


東西対立と三極体制

1946年3月、下野しながらも保守党党首に留まったチャーチルは「鉄のカーテン」演説を行います。鉄のカーテンのあちら側をソ連に掠め取られた危機感を露わにします。1948年2月には、東欧で唯一民主主義を保っていたチェコスロバキアが共産化、8月にはソ連がベルリンを封鎖し、本書で述べているオセアニア(英米連合)とユーラシア(ソ連とヨーロッパ)の対立が現実のものになりつつありました。1949年4月にNATOが発足、同年5月西ドイツ、10月に東ドイツが独立、また9月にはソ連の原爆保有が判明し、西側と東側の対立が決定的になりました。


また、本書出版後になりますが、東アジアでは蒋介石率いる中国国民党が大陸を追われ、1949年10月、中華人民共和国が成立しました。図らずも本書における三極目「イースタシア」が出現した形になります。


『一九四八年』で描かれている独裁者の象徴「ビッグ・ブラザー」はスターリンを模していると言われます。しかし、こうした時代背景をあらためて俯瞰すると、本書は単なるソビエト連邦への危機感ではなく、その勢いがイギリスにも及んでいるという「大変な」危機感を著書ジョージ・オーウェルを始めとするイギリス保守層が抱いていたということになります。


フランス革命の揶揄

君主を頂くイギリス人の保守層にとって、国王・皇帝を処刑したフランス革命やロシア革命は批判の対象なのでしょう。『一九八四年』には、フランス革命の揶揄と見受けられる部分があります。


「中間層は権力を求めて戦う以上、自由、正義、友愛といった言葉を利用するのが常であった。(中略)過去には、中間層が平等の旗の下に革命を起こし、古い圧政が打倒されるや否や、新しい専制君主制が確立された。事実上、自分達が専制政治を敷くことをあらかじめ宣言するのだ。」(p312)


「自由、正義、友愛」はフランス革命のスローガンです。つまり、著者オーウェルはこの一節を通じ、フランス革命そのものも痛烈に批判していることになります。


世襲制と寡頭政治

「世襲による貴族政治が常に短命で終わるのに対し、カトリック教会のような候補者公認制度に支えられた組織が、ときに何百年何千年にわたって存続してきたという事実について、立ち止まって考えてみようとはしなかった。寡頭政治の本質は、父から息子への継承にあるのではなく、死者が生者に課すある種の世界観、ある種の生き方を持続させることにあるのだ。」(p321)


この言葉は、本書の中では体制側の人物の言葉として出てきます。カトリックを離脱し世襲君主を頂き続けるイギリス人保守層から見て、許されざるべき考えではありませんか? ソビエト連邦の共産党も中国共産党も、権力は、世襲ではなく、党本部候補者の中から次の権力者を選ぶことで継承されます。そして、権力を握るや否や、反対勢力を追い落とすのが常です。その最たる象徴がスターリンであり毛沢東です。しかし、たとえ権力者が交代しても、イデオロギーは忠実に継承されます。


一方、イギリスと日本は君主を頂くことで、長い間、秩序が保たれています。世襲王族が堕落しない限り、世襲制のほうが社会の安定には役立つということをオーウェルは示唆したかったのかもしれません。


ふと思いがけず、今このブログを書きながら、北朝鮮と韓国にはねじれが生じていることに気づきました。共産主義で本来寡頭政治であるべき北朝鮮は実質世襲制で安定しています。一方、韓国では政権交代のたびに前職が逮捕もしくは不運な死を遂げ、また、民主主義の名の下に前政権の決定・条約を簡単に覆します。世襲制と寡頭政治の悪いところ取りに陥っているように見えます。


現在進行形の政治・外交・社会のあり方を洞察するのにも、『一九八四年』は役に立ちそうです。


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書くことと記憶


さて、書くことと記憶について触れておきます。


記憶

人の記憶は曖昧です。人類が近縁種と異なり文明を築けたのは、言葉を、続いて書くことを発明したからに他なりません。書き残すことで知識を第三者に継承することができるだけでなく、過去の記録を未来へ確実に届けることができ、我々は現代から過去を知ることができます。『一九八四年』の政府は、人の記憶の曖昧さに付け入り、改竄に成功します。


書くこと

私はブログを書き残していますが、読み返すことで、その時の出来事、その時の考えが蘇ってきます。2010年以降ブログを書き続けていますが、何か月か書けていない時期があり、その時期の記憶は飛んでしまっています。またブログを書く前の2009年以前の記憶も曖昧です。


改竄されたら

もし仮に、ブログが改竄されたとしましょう。改竄された文書を読めば、あれ?おかしいなと気づくでしょう。しかし、リンク先の情報も同じように改竄されていたらどうでしょうか?インターネット上のその件に関する情報がすべて改竄されていたら……おかしいなと感じつつも確かめる手立てがなければ、確認を諦めてしまうでしょう。


書くことの本質

ここに、ブログを書くことの本質があります。書くことで自分の記憶をふり返ることができますし、何度か見返すことで記憶の定着を図ることができます。


以上、前半の考察でした。以降、ネタバレの考察になります。


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後半の考察:ざっくりとしたあらすじ(ネタばれ注意)


本書のあらすじをざっくり追っていきます。


第二次世界大戦後、核戦争が勃発し、世界は三つの全体主義国家に集約されました。そのうちの一つがオセアニア(イギリス、イギリス植民地と北米南米)で、主人公はロンドン在住で真理省に努めるウィンストン・スミスです。時の政府は、「真理」という名の歴史改竄を行うことで人々を洗脳し統治しています。主人公はその改竄の実行者ですが、国民(下層のプロール)が政府を転覆させるだろうと夢想したことで思考犯罪者として逮捕され、拷問を受け、思想矯正を施されます。


二重思考

政府は二重思考(ダブル・シンキング)という二枚舌を巧みに使い、永久戦争が平和の代名詞となり、改竄・虚偽を真理と呼び、拷問による思考矯正を愛情と呼び、物資不足の計画経済を潤沢と呼びます。その矛盾に葛藤せずに向き合える者がまともな党員で、矛盾に向き合えないと「愛情」の名の下、思考矯正が施されます。


社会の分断・階級社会

社会全体は、1.党中枢(上層)、2.党外郭(中間層)、3.プロール(下層)からの三階層に分断され、それぞれ比率は2%、13%、85%になります。スミスは中間層の党の役人、スミスを拷問するオブライエンは党の幹部です。上層と中間層は入れ替わることがあっても、2階層目と3階層目は断絶され続けます。フランス革命やロシア革命は中間層が下層を欺き、上層と入れ替わる実例になります。そしてこの分断は、愚民政策によって成し遂げられつつあります。


改竄と愚民政策

愚民政策は大きく分けて三つあります。一つは歴史の改竄です。その専門の省(真理省)が設置されるぐらいですから、徹底的に改竄が行われます。昨日まであったことがなかったことにされます。証拠が他にないため、いつしか改竄が事実になります。教養のないプロールたちはこの改竄された情報を鵜呑みにせざるを得なくなります。


二つ目は「ニュースピーク」(New Speak)という統一言語の発明です。この新語は曖昧さを排除する役目を果たしながらも、語彙数そのものを徹底的に削減しています。その目的は、人々の思考範囲を狭め、思考犯罪を未然に防ぐことです。2050年には普及が完了し、オールドスピークは撲滅されることを目論んでいます。


三つ目が書くことの排除です。ウィンストンは日記を記しますが、日記は「死刑か最低25年の強制労働収容所送り」になる行為です。書き残すことで、未来から過去を振り返ることができます。本書の世界ではペンを入手することさえ困難でした。改竄が罷り通るのは、書くことの排除が成功したからです。


書くことが排除され、改竄され、階級社会が成立します。


「階級社会は、貧困と無知を基盤としない限り、成立しえないのだ。」(p293)


書くことと記憶も再確認ください。


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以上



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