選書背景

「あの戦争はいったい何だったのか?」(本書内容紹介より)

8月は戦争の季節です。8月になると毎年欠かさず太平洋戦争ものを読むことにしています。本書を見つけた経緯について、久しぶりに出版社の新書サイトを巡回していた際にPHP新書のサイトで見つけました。新書の中でもPHP新書は比較的多くを読んでいます※1。


昨今、「自己肯定感」という言葉が教育界隈で存在感を伸ばしています。Google Trendsの傾向を見ると明らかです※2。少し事実さぐってみると、2014年の『子ども・若者白書』で、日本人は欧米諸国と比べて「自己肯定感」が低いという調査結果が報告されました※3。日本人の自己肯定感が低くなってしまった理由は何でしょうか?


その最大理由の一つは戦後教育の失敗にあると考えていますが※4※5、他にもう一つ理由を挙げれば、太平洋戦争の総括に失敗した点に行きつきます。自虐史観にも皇国史観にも囚われない明治から太平洋戦争までの近現代史観の再構築が必要だと考えます。その課題意識が私に本書を呼び寄せました。


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<目次>
  • 第一章 日米両国は五十年間、戦端を開かなかった――中西輝政
  • 第二章 情報を精査したうえで、開戦は決定された――牧野邦昭
  • 第三章 三国同盟は「ある時点」まで日米交渉を有利に導いた――井上寿一
  • 第四章 日中戦争が日米戦争の原因ではなかった――渡辺惣樹
  • 第五章 戦艦大和は「時代遅れ」でも「無用の長物」でもない――戸高一成
  • 第六章 ここで戦艦大和を投入すれば戦局は違った――平間洋一
  • 第七章 零戦の性能は「設計の妙」がもたらした――戸高一成
  • 第八章 ミッドウェー海戦時、日本の戦力は優位にあったのか――森史朗
  • 第九章 「キスカ島撤退の奇跡」を導いたものは何か――早坂隆
  • 第十章 「ヤルタ密約」をつかんだ日本の軍人がいた――岡部伸
  • 第十一章 「終戦後」に始まった占守島と樺太の戦いとは何だったのか――早坂隆
  • 第十二章 「終戦の聖断」が八月十四日に下された実相――古川隆久
  • 第十三章 東京裁判で重光葵がA級戦犯にされた理由――中西輝政
  • 第十四章 国を想い、凛として散ったBC級戦犯たちの戦い――福冨健一
  • 第十五章 フランス代表判事は東京裁判で「反対」判決を出した――大岡優一郎


本書は12人の著者による15章から構成されています。全て月刊雑誌『歴史街道』掲載記事です。近現代史の選書で気をつけなければならないのは、偏向した紛い物が大手を振ってまかり通っている点です※6。その点、本書は『歴史街道』の査読・編集を経てスクリーニングされており、品質面での心配がありませんでした。


私の太平洋戦争に関する知識もまだまだ不十分なため、「新常識」とあるタイトルと著者陣には魅せられます。新たなる理解が得られるであろうと期待しましたが、結果は正解でした。特に第一章と第二章は興味深いです。



第一章 日米両国は五十年間、戦端を開かなかった――中西輝政

ハワイを挟んだ日米対立

本書を読んだ第一の発見は、太平洋両岸を挟んだ日米対立は1893年ハワイ王国滅亡時に既に芽生えていたという点。Wikipediaで再確認すると、1881年、ハワイ国王カラカウアは明治天皇に日本・ハワイ連邦を提案したとのこと。また1893年、ハワイで発生したクーデターに際しては東郷平八郎率いる艦隊が出陣しています※7。しかし、我々は明治期の日本・ハワイの友好関係を教わっていません。



ルーズベルトの背中を押した要因(アメリカの憂鬱)

日露戦争での日本の勝利、第一次世界大戦後の列強仲間入りを経て日米は対立していきますが、直接対決することはなく約50年経過します。伝統的にアメリカ国民はヨーロッパの戦争への介入に反対です。第二次世界大戦も当初はそうでした。中西氏は、戦争介入へとフランクリン・ルーズベルトの背中を押した要因は3つあるとしています。


要因1:ドイツ優勢とイギリス劣勢

1940年5月1日、ドイツが西部戦線を開始し、まもなくフランスが陥落、そしてドイツとイギリスが対決することになります。ドイツ優勢と判断した日本政府は同年9月に日独伊三国同盟を締結します。裏返せば、イギリスが劣勢です。ヨーロッパが枢軸支配になれば、英仏蘭植民地先も枢軸支配をうけかねません。事実、フランス敗北を契機に日本は仏印(現ベトナム)進駐を開始します。アメリカはヨーロッパの戦争に不介入と言っている場合ではなくなりつつあります。


要因2:独ソ戦開始・日本のソ連侵攻阻止

1941年7月、日本の南部仏印進駐の報復措置として、アメリカは日本への石油禁輸・在米日本人資産の凍結に踏み切ったと我々は教わっています。しかし中西氏曰く、ルーズベルトの狙いは、日本の目をソ連から背けさせることにあったのではないかとのこと。しかし我々はそのように教わっていません。


南部仏印進駐に先立つ1941年6月22日、ドイツがソ連侵攻を開始しました。日ソ中立条約があるとはいえ、もし三国軍事同盟に則り日本も呼応してソ連侵攻を開始すれば、ソ連敗北は決定的になり、ヨーロッパの枢軸支配は完成することになります。しかし、アメリカの石油禁輸措置により、日本は東南アジアの石油確保を活路を見出さざるを得なくなり、ソ連にかまけている余裕がなくなります。事実、歴史はそのように動きます。


要因3:モスクワ陥落間際とハルノートのタイミング

1941年11月20日頃、ドイツ軍はモスクワ間際に迫ります。劣勢に立たされるイギリス・ソ連とアメリカの間でどのような駆け引き・交渉があったかまでは本書に記載がありませんが、日本では11月26日に三国軍事同盟破棄・中国からの撤退という最後通牒を受け取ります(ハルノート)。この二つの事象の絶妙なタイミングは何でしょうか?我々はイギリス・ソ連の圧力によりハルノートを発したとは教わっていません。


我々が教わっているのは、日本が石油禁輸措置・ハルノートの最後通牒で追い込まれ、やむにやむを得ず戦争に踏み切ったという点です。右寄りの人たちは、アメリカの露骨な日本への嫌がらせが戦争原因だと憤ります。それは事実としても、それはあくまでも日本側からの見方。アメリカ側の事情を見落としがちです。本書によってアメリカ側の事情も垣間見ることができました。


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パールハーバー
By Photographer: UnknownRetouched by: Mmxx - This media is available in the holdings of the National Archives and Records Administration, cataloged under the National Archives Identifier (NAID) 195617., Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=18147474

アメリカ側の証言も読む


しかし、本書だけでアメリカ側の事情を分かった気になるのは禁物です。ルーズベルトの前の大統領ハーバード・フーバー、アメリカ下院議員ハミルトン・フィッシュ三世がルーズベルトを批判する書を出しています。また、太平洋戦争開始時点のアメリカ駐日大使であり戦後吉田茂に「真の日本の友」と言わせしめたジョセフ・グルーが戦中に『滞日十年』を著しています。


太平洋戦争のさらなる理解のため、今後、アメリカ側の証言も読み解こうと思います。


第二章以降


第二章以降の気になった点をざっと洗い出します。


第二章 行動経済学からのアプローチ

負けると分かっている戦争をなぜ政治家たちは決意したのか?第二章では行動経済学によるアプローチで戦前の政治家たとの不合理な意思決定を読み解きます。a.確実に3000円支払わなければならない、b.8割の確率で4000円支払わなければならないが、2割の確率で1円も支払わなくてもよい時、損失期待値はa=3000円、b=40000.8+00.2=3200円でbのほうが大きいにもかかわらず、実際に実験すると、高い確率でbを選びます。


第三章 太平洋戦争を振り返る機会があった

第三章では、終戦間もない1945年10月、幣原喜重郎内閣では戦争を振り返るために「戦争調査会」というプロジェクトが発足しますが、翌年ソ連とイギリスからの圧力により廃止に追い込まれます。本章著者の井上寿一氏は「戦争調査会」資料を読み解き『戦争調査会 幻の政府文書を読み解く』を上梓します。


終戦後すぐに太平洋戦争を振り返る機会があったのに潰されていたのは・・・残念で仕方ありません。



第四章 停戦機会を伺うドイツと握りつぶしたチャーチル

第四章では、ナチスドイツはイギリスと戦争する意図はなく、停戦機会を検討していたとのことで、副総統のヘスが単身イギリスへ赴きますが、チャーチルは面会を拒絶しました。戦争屋と揶揄されるゆえんです。


あまり知られていない日本人の英雄談

第九章、第十章、第十一章ではあまり知られていない美談です。アリューシャン列島のアッツ島玉砕を受け、隣のキスカ島からの撤退は成功しました。キスカ島を指揮したのは樋口季一郎中将、巡洋艦・駆逐艦を指揮したのは木村昌福少将です(第九章)。


小野寺信少将はストックホルム駐在武官としてポーランド亡命政府からヤルタ密約(ドイツ敗戦後のソ連の対日戦参戦)の情報を入手、打電したにも関わらず、時の日本政府は停戦交渉に活かせませんでした。情報をもたらしたのはポーランド参謀本部のミハール・リビコフスキー、その上司のスタニスロー・ガノです(第十章)。


8月15日停戦とはならず、その後もソ連が千島列島と樺太に侵攻を進めました。樋口季一郎中将が千島列島最北の占守島を死守します(第十一章)。



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あとがき

シミルボン連載「自虐史観にも皇国史観にも囚われない日本の近現代史」

シミルボン


シミルボンで新しい連載をはじめました。本書評はその最初の寄稿になります。




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