<目次>

まえがき

第1章/ビジネスパーソンのメンター・白洲次郎

第2章/プリンシプルとは何か

第3章/演じることが苦手な日本人

第4章/プロフェッショナルとアマチュアの違い

第5章/「英会話」という言葉の呪文

第6章/白洲が教えてくれたダンディズム

第7章/いやな男だが頼りにはなる

第8章/プリンシプルの本質を問う - 考えることの大切さ


役割の演じること


昨日の書評のつづきです。


この本は、白洲次郎の生き方、考え方が、現代のビジネスパーソンのも役に立つよ、ということなのですが、第2章は、プリンシプル、原理原則、それだけは譲れねえ何かを持てということでした。そして第3章は、ビジネスパーソンは役割を演じよ、ということです。


よくも悪くも、日本人は、人格と意見が同一視され、意見が否定されると人格まで否定された気になり、議論しているつもりが、感情の応酬になりかねません。なぜ日本人はそうなのだろう?と疑問に思っていたわけですが、その疑問に対する答えを、白洲次郎は「アフェクテイション」と呼んでいます。感情的にならず役割を演じる様を言います。部長の役割を演じる、社長の役割を演じるということです。


私自身も、けっして議論や交渉が得意ではありません。「そういう役割なのだ」と割り切り、役割を演じきってしまうといいのかもしれません。


アマチュアとプロフェッショナル


白洲次郎は日本語が不得手だったようで、いくつかの単語はそのまま英語で出てきます。そして案内、日本人は英語の意味を正しく理解していないことがあります。


日本語でアマチュアというと、ど素人というニュアンスを含みますが、元来、英語にはそのような意味を含みません。アマチュアはプロフェッショナルの対義語であるわけです。プロフェッショナルは専門的な知識や技能で職業を得ている人に対し、アマチュアは職業としていない人です。決して、能力やスキルのレベル差ではありません。そうではなくて、アマチュアリズムとは「フェアプレーに徹する紳士の精神」と本書では意訳しています。


イギリスは、ジェントルマンの国です。フェアプレーに徹するのは、ジェントルマンの資質と言って差し支えないでしょう。そして、日本のビジネスパーソンに必要なのは、アマチュアリズムではないか?と本書の青木さんは言うわけです。そのアマチュアリズムとは、専門領域に絞り込まず、全体観を俯瞰することだとも言います。言いえて妙です。


つづく


プリンシプル要る要らない


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