『性に憑りつかれた文豪たち』



前書評からのつづきです。



前半は9名を駆け足で紹介しました。後半の8名を駆け足で紹介します。


  • 渡辺淳一  成熟した性を描く色好みの男女小説
  • 川上宗薫  女探探究は死の床まで
  • 狩野亨吉  隠者の楽しみは秘技図制作
  • 稲垣足穂  禁じられたA感覚とV感覚とは
  • 谷崎潤一郎 マゾに喜びを感じる瘋癲老人
  • 室生犀星  死の床にまで愛人がいた艶福詩人
  • 外村繁   商人をやめ夫婦の性愛を描きガン死
  • 岩野泡鳴  己の破天荒な痴情と事業の失敗を描く


自らの恥部を晒す作家たち


渡辺淳一といえば、1990年代末に一世を風靡した『失楽園』の原作者。やはり原点は自らの性体験。どうして作家たちは、こうも自分の恥部をさらけ出してしまうのだろうか。


『影絵』は、自らの性の発達史を綴った「渡辺版ヰタ・セクスアリス」と呼んでいい作品だ。(中略)この小説はサブタイトルに「ある少年の愛と性の物語」とあるように、少年高村伸夫が、男としての自分の性を意識し、オナニーを覚え、初めて異性とのセックスをするまでの心と性の発育史である。(P166)

男が童貞を失うことを、通称「筆おろし」というが、一般的に男の相手は娼婦が多かった。この小説の時代背景は、昭和27、8年。遊郭は公認だったから、伸夫のケースは珍しい部類に入るだろう。

しかし、この小説は外科医である作者が自分史ながらも、ある部分では冷静な科学者の観察もあって、変な性教育の本よりも思春期の男の子に読ませるにはピッタリの作品だ。(P172)

女を失神させた体験


次の川上宗薫。「失神」という言葉は、宗薫の造語らしいです。「心を失う」のではなく「神を失う」。性による快楽は、自らの心だけでなく、心の中の神をも失ってしまうということなのでしょうか。


芸人にとって、「女遊びは芸の肥やし」と言いますが、小説家にとっても、女遊び、色恋沙汰は、「小説の肥やし」と言えそうです。そんな宗薫も、「女と寝る」ことがエロ作家の良心とまで言い切ります。自ら女の気を失わせた状態を指し、「失神」と呼んだのでしょう。

私は、エロ小説を書く場合には、読み手が<なるほど>と思うようなところが、どこかになくてはいけないと考えている。これがエロ作家の良心というものだ。となると、じっさいに女と会って寝てみることである。そうすれば必ず想像を働かせているだけでは絶対に出てこない言葉とか場面とかしぐさに出喰わす。


とするならば、官能ブロガー、悪女ブロガーを目指す私としましては、身を挺して悪女と対峙せねばなりません。世の悪女のみなさん、どうぞよろしくお願いします。



明治・大正・昭和戦前の二次元萌え


後半になると、名前を存じ上げない方が何人か出てきます。狩野亨吉もその一人。1865年生まれ1942年没。夏目漱石の2歳年上で交流があった様子。京都大学文学部の初代学長とのことで、数えの42歳で就任し、43歳で退任してしまいます。その後はというと、30年以上、隠棲生活を送ったとか。ちなみに生涯独身で、ひょっとすると、童貞のまま亡くなったのかもしれません。


死後、膨大な数の秘技図が発見されたとのこと、その数からして、隠棲生活期間、人知れず、こっそりと書き続けていたのではないかと本書では推察します。現在も、二次元萌えな男子が多いのですが、狩野亨吉は、明治・大正・昭和戦前の、元祖二次元萌え男子と言ってよいでしょう。


「ベスト・オブ・変態小説家」


谷崎潤一郎については、本ブログでたびたび触れているのでパスをして、他の4名、稲垣足穂、室生犀星 外村繁、岩野泡鳴も一旦パスします。


さて、後半8名の中から1名選ぶとすると、「失神」という言葉を生み出した川上宗薫でしょうか。そして、この川上宗薫と、前半で選んだ1名島崎藤村。両名を並べた上で、「ベスト・オブ・取り憑かれた文豪」、「ベスト・オブ・変態小説家」を1名に選びます。


栄えある「ベスト・オブ・変態小説家」は、島崎藤村に贈りたいと思います。


本書から、島崎藤村のヘタレぶりを紹介し、本ブログを終了します。


姪から妊娠を打ち明けられると藤村は、「二人の仲でどちらかが死ぬより外に仕方ない」と思い悩むが、すべてを隠してフランスに旅立つ。「逃避行」である。(P132)

若き日の失礼、失意の放浪、恋人との士別、妻の男性関係への嫉妬と愛欲、妻の仕事の背徳の恋、妊娠とフランス逃避行、さらに続く愛人関係と離別、そして再婚。これが藤村の恋愛のすべてであった。(P135)


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