芦田均日記
芦田均日記

<目次>
  • はじめに
  • 第Ⅰ章 張作霖爆殺事件
  • 第Ⅱ章 満州事変
  • 第Ⅲ章 日中全面戦争
  • 第Ⅳ章 第二次欧州大戦
  • 第Ⅴ章 日米戦争
  • 第Ⅵ章 アジア太平洋戦争
  • 第Ⅶ章 敗戦


この季節になると、戦争モノが読みたくなります。太平洋戦争について、日本全体として、総括が足りなかったと考えています。常に歴史の検証は必要です。


本ブログ記事の要約
  • 「日記」は生き証人
  • 当時の「日記」は残されていて読むことができる
  • 当時の日記から分かったこと
    • 戦前昭和の政治劣化が戦争をもたらした。
    • 大東亜共栄圏樹立のために戦争をしたというのはウソ
  • 現代的意義

読書日記人気ランキング


image via 国立国会図書館


「日記」は生き証人


「日記」は生き証人です。後付けの講釈ではなく、当時の人が戦争に至る道をどのように捉えていたかをありのままに残しています。脚色はありません。一次情報として極めて有効です。


いかなる権力者といえども全知全能ではない。不確かな情報をもとに、時間の制約を受けながら、確信を持てないままに、決定を下す。そのような課程を再現するには日記がうってつけである。 (P6)


当時の「日記」は残されていて読むことができる


しかし、「日記」とは、普通に考えると、公開されているものではありません。どのように著者は「日記」を知り得たのでしょうか。


本書の巻末に、著者が読んだと思われる日記の一覧が書かれています。政治家の日記、官僚の日記、業務日誌など。実は、膨大な日記が国会図書館に残っているんですね。びっくりです。国会図書館へ行けば、読めます。


もちろん、そんな膨大な日記を読むことはできません。膨大な量の日記を読み、キュレーターの役目を果たした著者に感謝いたします。

読書日記人気ランキング


当時の日記から分かったこと


さて、本書を通じて分かった大事なことは2つ。


戦前昭和の政治劣化が戦争をもたらした

なぜ、日本は太平洋戦争への道へ進んでしまったのか。その原因は、軍部の暴走、メディアの扇動、国民の支持、英米の挑発等、いろいろ言われていますが、新たに一つ付け加えます。それは、政治の劣化です。それが、軍部の暴走を抑えられなかった原因です。いくつか引用しますが、日記の著者の立腹ぶりが伝わってきます。芦田均は、戦後に総理大臣になった方です。太字は私によります。


(芦田均)1937年8月9日「政友会議員総会。それも淋しい会合であった。つくづく政党の生気のなさを思う」。政党は無気力だった。状況をコントロールする意思が乏しかった。犬養首相の政友会内閣が五・一五事件によって崩壊した後も政党は、政党内閣復活の可能性を模索していた。政友会の単独内閣であれ、政友会と民政党の協力内閣であれ、国民は政党内閣の復活を求めた。ところが政党は、復活のチャンスがめぐってきたのに、結局のところ党利党略に走って、みすみすチャンスを逃した。政党内閣復活の可能性の喪失は協調外交修復の可能性の喪失を意味した。こうして外交優位の政党政治体制が失われた。 (P80)

民政党の衆議院議員斎藤陵夫は(1937年)7月19日の日記に「開戦必死の勢と為る」と記している。今こそ政党は力を合わせなくてならなかった。ところが翌日、政民有志懇話会に出席してみたところ、「北支事件等の雑談に終る」結果だった。 (P80)

(1937年)9月14日の民政党の幹部会に出席後、斎藤は日記に記している。「時局に干し何人も定見なく、児戯に類する談話を為すのみ。政党に人なし」

斎藤は政党の無力と自身の非力を認めざるを得なかった。「名案なし。政党の現状には大不満なれども、我に力なく、如何とも為す能わざるを如何せん」。 (P81)

8月13日、新聞の号外が出る。盧溝橋事件が拡大して上海に飛び火する。(中略)一刻も早く事態を収拾すべきだった。(芦田均)「戦争は順調に進む。後方のみの問題だ。/経済力がいつ迄もつか?だから本当の政治が必要なんだが、今は政治も外交も言論も無い」。日本は八方ふさがりの状況に陥った。 (P81)

読書日記人気ランキング

大東亜共栄圏樹立のために戦争をしたというのはウソ

アジア諸国が欧米の植民から解放され、独立できたのは、日本が戦争をしたおかげ、大東亜共栄圏樹立のため戦ったおかげ、というのがあります。それはウソです。大東亜共栄圏の構想と太平洋戦争の開始は、直接関係がありません。太平洋戦争の開戦目的は南方の石油確保です。大東亜新秩序建設目的は、後付けです。

開戦から四日後の12月12日、閣議は「支那事変」と対米英戦争をあわせて「大東亜戦争」と呼ぶことに決定する。「大東亜戦争と称するのは、大東亜新秩序建設を目的とする戦争なることを意味」した。ここに戦争目的は「大東亜新秩序」の建設と再定義される。

それにしてもこの戦争目的の後づけ感が否めない。「大東亜新秩序」とは何か。具体的な答えはなかった。 (P174)


くり返し本ブログでも述べていますが、当時の日本政府は、何のために戦争をしたのか、よく分かりません。

関連リンク


現代的意義


翻って、本書から学ぶべき現代的意義は何でしょうか?やはりそれは「政治劣化」だと思います。政権交代可能な政党が存在しないことが、実に嘆かわしいです。無党派層が拡大してしまったのは、政権交代可能な政党が存在しないことが原因ではありませんか。民進党・共産党の共闘という茶番など、本当に止めてほしいです。政治劣化の象徴です。


関連ブログ記事


この私の公開日記が、後の世に、この時代の野党の劣化の証拠になってしまうのかもしれません。

読書日記人気ランキング



↓↓参考になったらクリック願います↓↓
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村