玉音放送を聞いて嗚咽する日本人

玉音放送を聞いて嗚咽する日本人

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8月15日に『70年目の敗戦日~70年前の少年少女たちの証言に耳を傾ける』というブログ記事を書きました。70年前、14歳だった少女が本書の著者、澤地久枝さんです。彼女は14歳、満州の吉林で敗戦を迎えました。


記憶していること、記憶していないこと


敗戦の一年後、わずかな荷物ともに帰国しました。記録など残っているわけもなく、記憶の残像を頼りに語るしかありません。鮮明に覚えていることもあれば忘れてしまったこともある。覚えていることは、先生に恋心を抱いていたこと、開拓団の家を一ヶ月にわたり慰問したこと、敗戦により、家で隠れ住んだこと、ソ連兵が押し込んできたこと、知人の家に移り、そして難民収容所に移ったこと、帰国が決まり、貨車に乗せられ、港から船に乗ったこと。忘れてしまったこと、最後に食べた中国のおかしの味。


彼女自身はソ連兵に乱暴はされておらず、多くの婦女子がソ連兵に強姦されたことは知っていたものの、実体験があるわけではないからか、本書では描写はない。「女は髪を切れ、男装しろ!」と言われたことは記憶している。


戦争相手は、アメリカ・イギリス、そしてソ連であり、中国と戦ったという記憶はないと言う。Wikipediaによると、満州の人口は、わずか10年で1.5倍に増えている。満州の地が平和だったことを意味している。


体験を伝承することの難しさ


著者は、戦争体験を伝承するために本書を書いているわけですが、伝承できるかという点については、かなり悲観的に考えているようです。

今年3月15日の「『九条の会』全国討論集会」で話したとき、わたしは体験の若い世代への伝達が、ほとんど不可能に近いと言った。

1945年8月の70年前といえば、1875年、明治8年のことになる。

いまも、明治は遠いが、14歳の少女にとって、想像できない、はるか昔であった。 (P186)


しかし、当時と今では格段に違いがあります。現代では140年前の写真は残っていますが、映像も音声も残っていません。しかし70年前の写真も映像も音声も残っています。また、70年前に70年間生き抜いた人よりも、現在70年間生き抜いた人のほうが圧倒的に多いです。著者は、伝承を不可能に近いと言いますが、写真・映像・音声、そして数多くの生き延びている方々の生の声で、多少なりとも体験を伝えていくことは可能ではないでしょうか?


つづきの書評:

【書評】『14歳〈フォーティーン〉 満州開拓村からの帰還』を通じて安全保障問題を考える



<目次>
  • 少女の行程
  • 澤地家家系図
  • 吉林市の街中の地図
  • はじめに
  • 第一章 十四歳の少女
  • 第二章 秘密
  • 第三章 王道楽土
  • 第四章 戸籍謄本
  • 第五章 学徒動員・無炊飯
  • 第六章 水曲柳開拓団
  • 第七章 八月十五日・敗戦
  • 第八章 いやな記憶
  • 第九章 蟄居の日々
  • 第十章 内戦下
  • 第十一章 旧陸軍兵舎
  • 第十二章 日本へ
  • おわりに



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