「イスラム原理主義」に対する勘違い


私は、「イスラム原理主義」になるもを大いに勘違いをしていました。そして、ほとんどの日本人も勘違いしていると思います。


「イスラム原理主義」は、タリバン、アルカイーダ、イスラム国(ISIS)のように、「独善的・排他的・好戦的なテロ集団」という負のイメージで語られることが多いです。しかし、イスラム世界には、「イスラム原理主義」なるものは存在しません。「イスラム原理主義」という呼称は、西洋社会からの他称であり蔑称です。ちょうど白人主義者、黄禍論者が、日本人を「ジャップ」とか「イエローモンキー」とか、最近では言われることはなくなりましたが「エコノミック・アニマル」とか蔑んで呼ぶのと同じです。日本人は「ジャップ」というのが蔑称だというのを知っていますが、決して自分たちで好んで使うことはありません。


なぜそのような誤った風説が世界に広がってしまったのか?それを明らかにするのが本書の目的です。


キリスト教、イスラム、ユダヤ教の3つを客観的に評価


日本には、キリスト教徒もイスラム教徒もユダヤ教徒もほとんどいません。この最多のキリスト教徒でさえも、人口の1%に満たないです。キリスト教徒が大多数を占める西洋人よりも、キリスト教、イスラム、ユダヤ教の3つの宗教の教徒がほとんどいない日本人のほうが、この3つの宗教を客観的に評価できるのではないか?というのが、著者たちの狙いです。


「イスラム原理主義」の虚像を理解する必要がある


今年は、イスラムの少女マララ・ユスフザイがノーベル平和賞を受賞しました。



しかし一方で、イスラム世界ではこのノーベル平和賞受賞を西洋のプロパガンダだという批判が続いています。



また、今年の夏ごろからイスラム国の残忍性がニュースになるようになりました。イスラム国関連のニュースで、北大生をイスラム国へ仲介したとされるのが、本書の著書の一人、中田考氏です(仲介は本人は否定)。


これらの一連の流れを見ていて、「イスラム原理主義」=「独善的・排他的・好戦的なテロ集団」というのは誤りではないか?という考えが頭をもたげてきました。そこで中田考氏の著書の中で選んだのが本書だったわけです。


『原理主義から世界の動きが見える』

原理主義から世界の動きが見える (PHP新書)
小原 克博, 中田 考, 手島 勲矢
PHP研究所 ( 2006-09-16 )
ISBN: 9784569655772

<目次>

第一章 なぜいま「原理主義」を問うのか?-原理主義と一神教によって開かれる問題の地平

 1 「一神教」を理解するための基礎知識

 2 「原理主義」を理解するための基礎知識

第二章 [座談会]日本人にとっての原理主義

第三章 キリスト教と原理主義 -変遷する原理の過去と未来

 1 「原理主義」に対する現代的理解

 2 「原理主義」が生まれる歴史的な背景

 3 社会に認知される「原理主義」

 4 福音派と宗教右派

 5 原理主義の過去と未来 - 変遷する原理  

第四章 イスラームと原理主義 歪められた実像

 1 「イスラーム原理主義」という概念

 2 「ウスーリーヤ(原理主義)」と「ウスール学派」

 3 イスラームにおける権威の構造

 4 イスラームにおける「聖典」 - クルアーンとハディース

 5 「イスラーム原理主義」再考

第五章 ユダヤ教と原理主義 -シオニズムの源流を求めて

 1 ユダヤ教の文脈から「原理主義」を読み解く

 2 預言の終焉と聖典の成立 -ユダヤ教における原理の誕生

 3 シオニズムの源流 -ふたたび「祈り」から「行動」へ

 4 終わりのないシナリオ -「祈りの喪失」ふたたび


そもそもの「原理主義」


そもそも「原理主義」とは何であるかを正しく理解しないと、どうやら「イスラム原理主義」の虚像も理解できないようで、本書では、そもそもの「原理主義」から解説をしていきます。


「原理主義」は英語では「Fundamentalism」というわけですが、この造語は、アメリカで資本主義が進展する中、キリスト教の伝統的な協議や聖書解釈すら否定されかねないと危機感を抱いたプロテスタント神学者たちが、1910年に刊行し無償配布しはじめた『The Fundamentals:A Testimony to the Truth』(邦題:『諸原理ー真実への証言』)が起源です。本書でも、原理主義が生まれる歴史背景として、19世紀に4つのムーブメントがあったことを述べています。


  1. 聖書批判学ードイツ的なものへの敵視
  2. 進化論ー人間存在の相対化、社会ダーウィニズム
    人間社会における競争原理、資本主義の肯定
  3. ディスペンセーショナリズムー千年王国運動
  4. プリンストン神学ー聖書の無謬性を守るために


キリスト教原理主義者が共和党支持層の中核


キリスト教の原理主義は、1930年以降下冷えしますが、1970年代以降に復活してきます。福音派と呼ばれる人(福音主義とは異なる)たちですが、多く見積もってアメリカ人の40%を占めます。その中でもアクティブに政治活動に参加する宗教右派が全人口の18%で、これが共和党支持層の中核をなしているとのことです。


余談ですが、そもそもの成り立ちからして、プロテスタントとはそれまでの教会の腐敗からキリスト教の原点に戻ろうというマルチン・ルターらによる宗教改革が起源なのですから、プロテスタントそのものが、原理主義とも言えます。また、本書では触れていませんが、仏教の原点回帰を唱えたという点では、禅も原理主義と言えなくもありません。


イスラム原理主義


同じ文脈でとらえれば、マレーシアのアブドラ・バダウィ前首相が2004年に文明的イスラムを次のように定義しましたが、「原理」という言葉を使い、これこそイスラム原理主義と呼ぶべきところですが、実際はそう呼ばれていません。

ウンマ(イスラム共同体)をイスラム文明の基盤をなすクルアーン(アラーの言葉とされる)とハディース(預言者ムハンマドの言語録)に規定された『基本(basis)』『原理(fundamenntals)』に回帰させるための努力


そう呼ばれないのは、バダウィ前首相ならびにマレーシアという国が親西洋的だからです。また、イスラムの原理に忠実な「スーフィー教団」という一派も、本来的には「イスラム原理主義」と呼ばれるべきですが、実際は呼ばれていません。


それに対し、イスラム原理主義と呼ばれるのは

  • シーア派の「ウスール学派」
    「伝承」、「霊・神秘」と対立し、「法」を重視
  • スンナ派の「ワッハーブ派」「サラフィー派」「ハディース遵奉者」
    「法」、「霊・神秘」と対立し、「伝承」を重視

といった派です。


レッテルをはがす


ひらたくもうせば、西洋が嫌いな宗派を「嫌いなあいつら」という意味で「イスラム原理主義」とレッテルを貼っているに過ぎないのです。キリスト教徒の「原理主義」とは似て非なる使い方をしています。


思い起こせば、シンガポール駐在時代、多くのマレー人=イスラム教徒と仕事をしました。彼らは総じて白人と比べると、穏健です。というより、人が良すぎました。


中東でのテロリスト集団の発端は、民族を無視した西洋列強による国境策定、その背景にある西洋列強に石油利権があったわけです。そういう歴史を鑑みると、彼らこそが被害者だと言えるのかもしれません。


本書が刊行されたのは2006年です。その前の数年間、ジョージ・ウォーカー・ブッシュは、イラン・イラク・北朝鮮を蔑称して悪の枢軸と呼びました。悪の枢軸というレッテルをはがし、イスラム原理主義というレッテルをはがした時、真実のイスラム世界が見えてくるように思います。


今読んでいる本

わたしはマララ: 教育のために立ち上がり、タリバンに撃たれた少女
マララ・ユスフザイ, クリスティーナ・ラム
学研マーケティング ( 2013-12-03 )
ISBN: 9784054058460


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