松尾芭蕉が俳句を詠んだ立石寺にて

宝珠山 立石寺(山寺)開山堂



今月の千年読書会の課題図書は、高浜虚子(著)『 俳句とはどんなものか』です。


子どものころ、小学生から高校生まで、国語は苦手教科でした。今では嘘のようですが。その原因を作ったのが俳句だったのではないかと思います。五七五七七の和歌と比べ、さらに短い五七五の俳句。作者の心境、描いている様を述べよと言われましても、よくわかりませんでした。


それ以来、俳句というのは、どうしても苦手意識を持っていたのですが、少し克服できたかもしれません。


俳句というのは、季節を読んでいること、そして写実的に直叙すること。和歌が心理描写に重きを置いているのに対し、俳句はひたすらに写実的とのことです。そりゃそうです。わずか十七文字で表すのに人間の複雑な心理描写を表すには不十分のようです。


なるほど、そういうことか!とわかってくると、


  • 古池や蛙飛びこむ水の音   松尾芭蕉
  • 閑さや岩にしみ入る蝉の声  松尾芭蕉
  • 菜の花や月は東に日は西に  与謝蕪村
  • 柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺  正岡子規


こうした代表的俳句も、その情景を思い浮かべ、それ以上下手に深く詮索しようとしなくていいんだ、ということがわかります。


欧米と比べ、日本は自然が豊かである、四季に富んでいると言われます。事実として気候がそうであるだけでなく、気候を受け止める人間の感受性がそう捉えさせているのではないでしょうか。


しかし、現代において、年中季節を気にすることなく野菜や魚介類を食べられるようになり、それはそれで便利な世の中なのですが、同時に季節感も減衰してしまったのではないかと危惧します。極力オフの日は、パソコンや書から離れて、自然に向き合いたいものです。



<目次>

緒言

第一章 総論

 一 俳句は十七字の文学であります

 二 俳句とは芭蕉におって作り上げられた文学であります

 三 俳句とは主として景色を叙する文学であります

 四 俳句には必ず季のものを詠み込みます

 五 俳句には多くの場合切字を必要とします

第二章 季題

 六 時候の変化によって起こる現象を俳句にては季のもの

   または季題と呼びます

 七 俳句を作るには写生を最も必要なる方法とします

 八 季重なりは俳句において重大な問題ではありません

 九 俳句の文法といって特別の文法は存在いたしません

第三章 切字

 十 俳句の切字というものは意味かつ調子の段落となす

   ものであります

 十一 「や」「かな」は特別の働きを有する切字であります

第四章 俳諧略史

 十二 俳句とは芭蕉によって縄張りせられ、芭蕉、蕪村、子規

    によって耕耘せられたところの我文芸の一領土であります

解説 深見けん二



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