昨日・今日と政治の動きがありましたので、後から振り返ることもあるかもしれませんので、タイムスタンプとして記録に残しておきます。


橋下徹氏が「大阪維新の会」を国政政党化へ


昨日突如、橋下徹氏が「大阪維新の会」を国政政党化へと狼煙を上げました。党を分裂させないとして、「維新の党」から離党したばかりですが、同じ土俵の上で戦わず、ゲームそのものを変えてしまいました。保守系、左派系それぞれ一紙ずつ、記事へリンクをしておきます。



自民党に代わりうる保守系の党として期待された民主党も維新の党も、結局なんでも反対野党に転落してしまいました。日本の政界に必要なのは、「戦争法案」を連呼し対案も示せない万年野党ではなく、自民党に対抗できる政権交代可能な党。自民党が暴走しているのならば、その暴走を止められるのは、万年野党ではなく、政権交代可能な党だけです。民主党だけでなく維新の党も終わりました。あらためて今後の橋下氏に期待するしかありません。


今日の国会前デモと1960年の国会前デモ


今日、国会前で安保法案反対デモがありました。警視庁発表によると、デモ参加人数は3万人。1960年6月18日のデモは13万人でした。下の写真では3万人もいないように見えますが、写真の外にもデモ隊はいるでしょうから、3万人対13万人というのは妥当な数字ではないでしょうか。



<今日>


<1960年>

1960年の安保闘争

画像出典:Wikipedia ライセンス:P.D.


1960年の岸おじいちゃんとその後


1960年、国会がデモ隊で埋め尽くされた時、当時6歳だった安倍晋三少年はおじいちゃんである岸信介氏の膝の上で抱かれていたことを、著書で回顧している。


13万人のデモが起きようが、安保改正法案は国会で成立し、その後の直近の衆議院議員選挙では自民党が勝利しました。あの大規模デモは何だったのだろうか?


結局、その後、自民党の長期安定政権となり、岸信介氏はキングメーカー・政界黒幕として居座り続けました。そんなおじいちゃんの姿を見てきた安倍晋三首相にとって、今日の3万人のデモは、なんでもないでしょう。デモ隊が騒ごうが、9月には安保関連法案は成立します。



政権交代可能な政党が必要だ


冒頭述べたとおり、たとえ自民党が嫌でも、何でも反対万年野党ではない、政権交代可能な政党が存在しない以上、次の選挙では投票率の低下を招き、自民党がふたたび圧勝することになるでしょう。


著名ブロガーのかさこ氏が同様のことを述べていました。彼と私は政治信条は異なるようですが、政権交代可能な政党が存在しないことに対する危機感は同じです。引用します。


ここ数年やっていることといえば、

野党が勝手にどうでもいい身内争いで、

内部分裂して崩壊するという、

とんでもないことをしている。

民主しかり、みんなの党しかり、

今度は維新だ。


野党がだらしない。

自民・公明はイヤだといっても、

投票できるまともな野党がない。

だからどれだけ自民・公明がイヤでも、

どれだけ大規模デモをしても、

結局、対抗馬がいないから、

自民・公明が圧勝してしまう。


そして、政権交代可能な政党の位置に一番近いのは、民主党でも維新の党でもなく、橋下徹氏が立ち上げようとする国政政党です。


橋下氏または安倍氏の次なる奇策


しかし、今年の大阪市長選挙に不出馬となれば、橋下徹氏に政治的空白ができてしまいます。一方、安倍晋三首相としても、橋下徹氏をぜひとも見方につけたい。橋下徹氏は、安保法案に賛成、憲法改正にも賛成です。橋下党を国政に呼び込み、連立へ参加させるために、12月に衆議院議員解散総選挙の奇策に出ることも考えられます。安倍晋三首相-橋下徹氏の間でWin-Winの構図になるからです。


妄想なので、あたる可能性は低いですが、このとおりではないにせよ、橋下氏、あるいは橋下氏を援護する安倍氏が、なんらかの奇策に打って出てくるのではないかと考えています。


私の政治信条を少しだけ


私は元々非自民です。前回の衆議院議員選挙の比例代表では維新の党に投票しました。経済政策については安倍内閣を支持しませんが、外交に関しては支持します。代替案を示さない政党は、いかなる反対論を唱えようと、支持するわけにはいきません。消去法的に自民党を支持せざるを得ません。




追伸


記事を書き終えた後に、内閣支持率アップの記事を見つけました。あぁ~、このまま行けば自民党圧勝間違いなし。。。




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