安倍首相による靖国神社参拝以来、あらためて太平洋戦争を理解しておこうと思い、太平洋戦争を含む昭和前半史に関する本を読み漁っています。



本書の著者、山本七平は士官学校を経て、砲兵隊の見習士官として1944年にフィリピンに赴き、フィリピンで終戦を迎えることになります。終戦のちに捕虜収容所に収監され、1947年に帰国を果たします。本書は、下級将校から見た陸軍の実態を著した体験記です。


本書を読んだ感想をひとことで申せば、帝国陸軍というのはまったくもって残念な組織であるという一点につきます。そしておそろしいことに、現代の日本企業の組織もまた、帝国陸軍の悪しき習慣を引き継いではいやしないかと危惧します。


帝国陸軍な残念な点を挙げれば、無戦略、兵站無視、建前主義、大言壮語、公私混同です。


(1)無戦略


いったい、日本はアメリカと戦争する気があったのでしょうか?アメリカと戦争する準備をまったくおこなっていなかったというのには驚きました。というのは、日露戦争以来、陸軍の仮想敵国はロシアでした。しかし太平洋戦争では、満州に配備されていた軍隊をフィリピンなどの南方へ送ることになります。彼らは南方の地理もアメリカ軍の特徴も知りませんでした。


真偽のほどは定かではありませんが、「情報」の語源は「敵情報告」だと言われることがあります。戦略を立てるには、まず敵について知らねばなりません。敵を知らぬのに、どうして戦略が立てられましょうか?


日本軍には、いや日本人には、戦闘の体験はあっても、戦争の体験がなく、戦争の実態を何も知らなかった、そのくせ、何もかも知っていると思い込んでいた、ということであろう。


個別個別の「戦闘」は行っていても、国家対国家の「戦争」を理解していたかというと、甚だ疑問に感じます。


(2)兵站無視


百田尚樹氏が『永遠の0』『海賊と呼ばれる男』で明らかにしたように、対米英開戦は石油の枯渇に原因がありました。すでに泥沼と化していた日中戦争を継続するためにも石油が必要です。戦争後半になり、フィリピン近辺の海域をアメリカ軍に押さえられると、日本はインドネシアの石油が手に入らなくなります。山本七平氏のいるフィリピンに後から赴任してきた別の隊の指揮官のやり取りが象徴的です。


「おたずねしたい、この付近で軍馬は徴発できぬか。」


「またか」私は内心叫んだ。そしてイライラして来た。何度も何度も私自身がこの種の煮え湯を飲まされてきた。比島が、まるで兵器・弾薬・食糧・機材の膨大な集積所であるかのような顔をして、「現地で支給する」「現地で調達せよ」の空手形を濫発しておきながら、現地ではその殆ど全部が不渡り、従って私はもう、何も信用していない。


帝国陸軍の野戦砲

野戦砲

出典:Wikipedia>砲兵 cc lic


山本七平氏は砲兵隊の隊長です。500kgもある野戦砲を300kmの道のりを人力で運んだそうです。本書の半分はこの過酷な行軍のエピソードです。ガソリンがあればトラックで運べます。しかしそのガソリンが手に入りません。ガソリンがないのに野戦砲を運搬せよと言われる。野戦砲を運んでいる間にも死者は出続けます。これを「死の行軍」、つまりデスマーチと呼ぶわけです。そして、運び終わると今度は弾がない。


対するアメリカ軍は兵器・兵力を石油の力で大量輸送してきます。日本軍は兵站が破綻しており、勝てるはずがありません。「無戦略」「兵站無視」の病巣は、野中郁次郎氏らの『失敗の本質』でも明らかにされています。


日本企業にもこの病巣は見られるのではないかと危惧する点は、まさにこの点です。IT業界には「デスマーチ」という表現があります。まさに兵站が破綻したプロジェクトのことです。


なぜこのような「無戦略」「兵站無視」がまかり通ってしまったのでしょうか?その理由が、「建前主義」「大言壮語」「公私混同」です。


(3)建前主義


捕虜収容所での元日本軍たちの間では、日本軍壊滅の元凶は「員数主義にあった」というのが異口同音だったそうです。本来、「員数を合わせる」というのは帳簿上の数と現物の数を一致させることを言います。しかし、陸軍では員数が合わないと処罰されてしまうため、「員数さえ合っていれば不問」になります。「員数をつけてこい!」という上官の命令は、ほかの隊から盗んできてでも帳尻を合わせろ、という意味です。


「つじつまさえ合っていれば実態は合っていなくてもいい」、これが員数主義、つまり建前主義です。


現地に赴く士官に対し「現地調達せよ」という下知が飛ぶのも、「現地に武器も食糧もあることになっている」という建前に基づきます。


戦争初期の段階は、これでもなんとかなるでしょう。しかし戦争中期のガタルカナル撤退ごろからは、かなり様相が怪しくなってくるのではないでしょうか?


(4)大言壮語


山本七平氏は帝国陸軍は、虚構に満ちていたと糾弾します。いったい戦争をやっているという当事者能力があったのかと。


「無敵」という言葉があります。戦争中の大臣や参謀総長・軍令部総長クラスの顔を思い浮かべると、閣議の場でさえ「我が帝国陸軍は無敵」という言葉を吐いていそうです。


「陸軍の能力はこれだけです。能力以上のことはできません」と国民の前に端的率直に言っておけば何でもないことを、自らデッチあげた「無敵」という虚構に足をとられ、それに自分のが振り回され、その虚構が現実であるかの如く振舞わねばならなくなり、虚構を虚構だと指摘されそうになれば、ただただ興奮して居丈高にその相手をきめつけ、狂ったように「無敵」を演じつづけ、そのため「神風」に象徴される万一の僥倖を空だのみして無辜の民の血を流しつづけた、その人たちの頭の中にあったものこそ血ぬられた「絵そらごと」でなくて、何であろう。妄想ではないか。


どうしても誰も「それは無理です」とか「できません」と言わなかったのでしょうか?まとまった人数の将校たちがそう言えば、戦争を防げた、早期に終了できたかもしれません。


(5)公私混合


いったい誰が虚勢を張り、大言壮語なことを言い、兵站を無視した戦闘命令を出したのか。実は命令の中には私物命令がまぎれていたと山本七平氏は糾弾します。


企業にたとえれば指揮官がラインで参謀はスタッフです。現場を指揮するのはラインの役目でありスタッフの役目ではありません。にもかかわらず、指揮官の名を語った参謀たちの私物命令が横行します。戦地では常に通信手段を確保できているわけではありませんので、命令が本物かどうかを即座に確認できるわけではありません。兵站を無視した命令が本物なのか私物命令なのか疑心暗鬼になり、そのような心理状況では目の前の敵に集中するのが難しくなります。


こともあろうに、名目上の指揮官たちが罰せられ、虚勢を張り偽の命令を出したものたちは生き延びました。石原莞爾や辻政信といった面々です。


辻参謀の行為も、神保中佐への「私物命令」発令者の行為も、最も厳格に処罰されて然るべき行為だったはずである。しかし、左遷という実質的な処分を受けたのは逆に神保中佐であっても、「私物命令」の発令者ではなかった。それだけでない。その多くは戦犯に問われず、戦後の何の処分も追及もうけず、辻政信のように、その行方不明まで、戦前と同じような権威と社会的地位を保持し続けている。


石原莞爾も辻政信も戦後生き延びました。辻政信は戦後衆議院議員(のちに参議院議員)になります。山本七平氏は辻政信を一方的に糾弾しますが、私は辻政信なる人物のことをよく知りません。七平氏の言うとおりであるならば、辻政信のような人物こそ戦犯として裁かれるべきだっと思います。


いずれにせよ、日本人として戦争の総括ができていない点が、本書でも浮き彫りになります。


声の大きな責任のない者が組織の意思決定をねじ負け、しかも責任すら取らないというのは、現代の日本企業にも見られる病巣ではないかと思います。上に立つ者は、よくよく権限と責任が表裏一体であることを肝に命じなければなりません。


書評読み比べ



関連書籍


失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)
戸部 良一, 寺本 義也, 鎌田 伸一,
杉之尾 孝生, 村井 友秀, 野中 郁次郎
中央公論社 ( 1991-08 )
ISBN: 9784122018334


たびたび当ブログの関連書籍として登場しますが、日本軍、日本企業の組織論として秀逸です。六つの緒戦における失敗から失敗の本質をえぐり出します。戦略・戦術の不一致、兵站無視などが失敗理由として挙げられています。



本書でも、組織自己改革力の喪失が日本軍が転落した原因ではないかと分析しています。本書でもその象徴的人物として辻政信の名前が出てきます。




無戦略、兵站無視、大言壮語などの様子は、百田尚樹氏の『永遠の0』や『海賊とよばれた男』にもよく著されています。



現在、優秀と言われる企業というのは、この日本陸軍の失敗の轍を踏まぬよう、兵站に細心の注意を払っているように思います。



「トヨタ生産方式」というのは、まさに兵站の最適化ではないでしょうか?トヨタ以外にも、セブンイレブン、ユニクロなど、強い日本企業というのは軒並み兵站が強いと思います。



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