陰翳礼讃 (中公文庫)
谷崎 潤一郎
中央公論新社 ( 1995-09-18 )
ISBN: 9784122024137

<目次>
  • 陰翳礼讃
  • 懶惰(らんだ)の説
  • 恋愛及び色情
  • 客ぎらい
  • 旅のいろいろ
  • 厠のいろいろ
  • 解説 吉行淳之介


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今月の第52回千年読書会オンライン版の課題図書になりました。大谷崎先生の本とあっては読まなければなりません。また、本書は2018年に読む日本の文学作品にも挙げていました。


元来、日本人は陰翳、つまり暗闇、陰、仄暗さに美意識を持っていたと言います。庇が大きく出っ張っているがために生じる屋内の仄暗さ、障子戸からわずかな光がこぼれた和室の仄暗さ、光が差し込まない奥の床の間の暗さ、底が見えるようで見えない漆器の中の仄暗さに、日本人の感じる美があるとのことです。


「陰翳礼讃」を画像検索すると、その意味が分かります。



ちょうど昨日書評を書いた『木に学べ―法隆寺・薬師寺の美』でも、中国から建築方法が伝来したのにもかかわらず、飛鳥時代の寺院の庇は中国のそれと比べて、大いに出っ張っているとのこと。そうならざるを得なかったには、日本が多雨多湿の気候だったからであろうと、『木に学べ―法隆寺・薬師寺の美』では述べています。


障子の向こうの輝き
障子の向こうの輝き posted by (C)アイのり(license : CC BY-SA)


そして同様に、男から見た「女」も夜の闇に閉ざされた存在でした。


几帳だの御簾だのと云う幾重の帳をすえて、そのかげにひっそり生きていたのであるから、男の感覚に触れる女と云うものは、ただ衣ずれの音であり、焚きしめた香の匂いであり、よほど接近したとしても、手さぐりの肌ざわりであり、丈なす髪の滝津瀬であったに過ぎない。 (P129)


女は、見える存在ではなく、「手さぐり」「肌ざわり」の存在でした。光源氏は末摘花の顔を知らないまま恋歌を贈ります。そして、女とは「触る」対象だったからこそ、西洋人の女と比べて日本の女の肌の肌理(きめ)は細かくなりました。



『痴人の愛』『春琴抄』のように、美少女の肌理こまかな柔肌を愛で、触りたいという欲求に駆られつつも決して触ることが許されずに悶え苦しむ谷崎の原点が、この『陰翳礼讃』にあると感じられます。その悶える谷崎に共感してしまうのは、私もまたそんな男、女の肌に惑わされ悶え苦しむ男なのかもしれません。



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