結婚式1996年
1996年4月13日撮影



昔、好きだった女の子が結婚してしまった話 - 今日はどんな本音を語ろう


宮森はやとさんのブログ記事に触発されて、自分の「告白」について語ろうと思います。


大学四年(1991年)


奥手だった私に初めての彼女ができたのは大学4年生の4月でした。某女子大学に通う同い年のCさん。お互い、E.S.S.でゴールデンウィークのドラマ発表に打ち込んでいた時です。大学4年生での参加は監督を務めたAくんとヒロインの父親役を演じた私のみで、必然的にリーダーシップを発揮していたと思います。


彼女の私に対するあからさまな好き好きオーラがすさまじく、そのオーラに触発されて、彼女のことがだんだん好きになっていきました。今となってはどう言ったのか覚えていませんが、お互い「付き合っている」と意識した状態から1ヶ月後には、好きだと言った記憶があります。当時、彼女は独り暮らしで私が実家暮らし。親の車を持ち出しては、ドライブデートをしました。彼女の家は女性限定のマンションでしたが、よく忍び込みもしました。就職で地理的に別れることが必然だった2月、彼女が遠のいていくを感じ、彼女から別れを切り出されました。泣きました。その後1年近く、悶々としていたと思います。


大学三年(1990年~91年)


ちなみに、大学3年から4年の時は、第一次モテ期でした。今振り返るとですね、短期の間に友達の女性の実家に呼ばれたことが二回あったのですよ。一人がSさん。名古屋女子大御三家の同い年の子です。彼女は短大卒で就職一年目、私は大学三年生でした。彼女に好意を持っていたし、彼女も私に好意を持っていたと思います。数回デートをしたことがありますから。大学生のぼくちんから見ると、先に就職した女の子は、少し大人オーラを発していて、まぶしいんですよ。


あれは多分、二人で中日劇場『オペラ座の怪人』を観に行った後じゃないかなと思います。彼女の家に呼ばれたことがあり、そこでいきなりお父さんとも面会してしまいました。今となると分かるのですが、それって付き合う相手として相応しい人だと私のことを認めたという証ですよね。時間も夜10時ぐらいです。そんな時間に訪問すれば、両親に会うのは必然です。しかし当時、そんな女心も分からず、告白という術を持たない私は告白するまでもなく、前述のE.S.S.のドラマ作りにのめり込んでいき、彼女とは疎遠になってしまいました。その後、一度だけ再会したのですが、すでに結婚されていました。


そしてもう一人は、同じ女子大の2つ後輩のYさん。やはりE.S.S.のつながりです。E.S.S.時代に知り合ったのですが、実は同じ小学校出身で、家が近所でした。彼女のほうは私のことを知っていたようです。彼女と二人でデートをしたことはありませんが、彼女の自宅に呼ばれ、その時はお母さんともお会いしました。「サークルの先輩」ということで呼ばれたのかもしれませんが、好意を抱いていない男をいきなり呼ばないですよね。SさんもYさんも、良家のお嬢様でした。誰でもよいわけではなかったと思います。


その後、彼女は白血病で亡くなってしまいました。大学時代から、どこか身体が弱く薄幸な雰囲気がありました。


いづれにせよ、この二人にしっかりと向き合わなかったことは、私の心の奥底にしっかりと残り、今もこうして記憶に留まっているのだと思います。そう、私は卑怯でしたが、告白ということができませんでした。


大学一年(1988年)


それまで告白した女性が2人います。1人はKさん。大学1年生の時でした。高校も大学も違いますが、彼女とは高校2年の時、一緒にワシントンD.C.に短期ホームステイをした間柄です。会わなかった2年の間に、まぁ女というのはキレイになるわけですよ。大学1年で再会した時は一目惚れしたわけです。デートなるものがいかなるものかよく分からず、映画やお茶に誘い、何度か会ったのちに電話で告白したのですが、断られました。その後はさすがに会っていません。やはり、かなりのお嬢様でしたが、あとから振り返ると、性格は決してよくなかったです。女性免疫のない時に見た目だけで選んでしまった感じです。


そして同時期に、同じ大学・同じ学部のAさんが好きになりました。50人強のクラスで女子が9人という理学部。リケジョです。こういう時って、男同士で集まると「誰がいい?」という話になるわけですが、断然にAさんでした。ちなみに私の母と漢字は違いますが同じ名前です。困ったものです。名前で呼べません。一度だけ、理科の実験でペアを組むことになり、レポートも一緒に書かねばならなかったのですが、シドロモドロ。困ったなぁ。ほとんど話すことができなかった。結局、手をこまねいている間に、同期のFくんに持っていかれました。おしまい。


大学二年


そんな時に私をE.S.S.に誘ってくれたのが同期のNくんです。大学一年の11月でした。「女の子がいっぱいいるぞ。女子大との交流も盛んだぞ」というささやきに屈し、下心を持ちつつ、遅れてE.S.S.に入部しました。そこで出会ったのが同じ大学の1年先輩のTさん。先輩と言っても誕生日は1ヶ月違いです。彼女はすごく優しかった。一目惚れではなかったけど、だんだん好きになっていきました。大学二年の夏、彼女にも告白しました。付き合ってほしかった。しかし断られました。


その後、彼女は先輩のOさんと付き合い始めました。先日、ふいに彼女のことを思い出し、Oさんの姓で検索すると、見つかりました。昔は病気がちなところがあったけど、今は仕事も続けて元気そうです。よかった。


この二回の失恋で、恋愛に消極的になり、女性からの好き好きオーラを待つ姿勢になってしまったのだと思います。


ここまでの時間の順序は、Kさん、Aさんが大学一年、Tさんが大学二年。SさんとYさんが大学三年、Cさんと出会ったのも大学三年で付き合い始めたのは大学四年でした。


社会人二年目(1993年~1994年)


(社会人一年目は、合コン複数参加あるものの、かなりの失恋状態だったので、ほとんど恋バナはありません。あとから振り返れば、好意を抱いてくれた女性がいたのですが。)


就職して1年後に名古屋に戻り、やはりE.S.S.の2つ後輩の御三家の一つS女子大学のYさんにお願いし、合コンをアレンジしてもらいました。こちら社会人。あちら、女子大学の4年生。そこで出会ったのがNさんです。1993年の秋から冬にかけてのことでした。


彼女の私に対する好意もまた感じ取り、デートに誘い、今となってはなし崩し的に付き合い始めました。自分が惚れた女の子と付き合うのではなく、自分に惚れてくれた女の子と付き合うという戦術に変更したのです。「彼女がいる」ということに満足してしまい、彼女のことを少しぞんざいに扱っていたと思います。しかし、付き合いが長くなれば、好きになっていきます。そんな折、彼女から別れを切り出されました。1994年の8月から9月にかけてです。彼女に別れを告げられながらも、私は彼女に好きだ、と告白しました。あなたのことを大切に扱わずに申し訳なかったと謝りました。今このことを書きながら、涙が出てきてしまいました。


社会人三年目(1994年~1995年)


失恋を癒すため、冒頭のAくんと組んで「E.S.S.の同期会をやろう!」ということになりました。大学間の交流が盛んで仲良かったんですよ。E.S.S.の友達というのは、今でも私のかけがえのない財産です。多分、男子5人女子10人ぐらいの比率だったと思います。2014年11月のことでした。そこで電撃的に再会したのが現在の妻となるYでした。彼女の実家と私が一人暮らししていたマンションは、同じ地下鉄沿線で、私のほうが一駅遠いほうでした。当然、帰りは一緒でした。


実は、大学四年の時にも一度再会しています。Yのほうは短大卒ですでに仕事を初めて2年目。ごたぶんに漏れずに、大学生のぼくちんたちからは、先に就職した同期の女の子の大人の色気にクラクラ。その時もAくんと「彼女、きれいになったな」という話をした記憶があります。そしてその3年後の再会。一段ときれいになっていました。ほとんど一目惚れに近かったですが、失恋から日が浅いこともあり、すぐの行動はできませんでした。


年を明けて、どうやって誘ったのか記憶が定かではありませんが、たぶん一緒に映画を観に行ったのだと思います。今度は、こっちが一目惚れです。それでも会っている最中に言い出せず、同じ電車に乗って、先に降りられてしまい・・・・さっきまで会っていたのに家についたら電話をして、気づくといろいろ話し込んで2時間近くも経ち、午前1時を過ぎたころ、ようやく付き合ってほしいと告白しました。その場は返事は保留されてしまいました。


一日置いて、翌日、彼女から交際のOKをもらいました。交際当初から結婚を意識し、夏ごろから結婚式会場選びをし、1996年4月、結婚しました。


結婚20周年(4月13日)married since Apr 13, 1996 : なおきのブログ


「告白」


さて、こうやって振り返ってみると、恋愛慣れしていないころは、相手がこちらに好意を抱いているかどうかも読み切れずに、こちらから告白して断られてしまいました。そして断られることが怖くなってしまったためか、何人か私に好意を持ってくる女性と出会ううちに、女性の好意を察知することができるようになり、逆に自分からの告白を避けるようになりました。しかし、そのことでかえって彼女を傷付けることになってしまい、再度、奮起して告白して交際することができたのが、現在の妻です。


当時、携帯電話がありません。とにかく、相手にもう一度会うきっかけを作るには、自宅に電話をするしかなかった時代です。Sさんの時のように、いきなりお父さんと対面してしまったこともありました。「告白」で失敗しました。しかし、「告白しなかった」ことでも失敗しました。今こうして書いてみて、「告白しなかった」ことのほうを悔いていますし、そのことで軌道修正し、乗り越えることができて、今日という日々があります。


学生、そして20代の若い男性のみなさん、好きな人には「好き」と告白しましょう。


私が奮い立つことができたのは、私に好意を寄せていただいた女性たちのおかげです。特に、告白し断られたものの優しく接してくれたTさん、最初の彼女となってくれたCさん、付き合うことの大切さを教えてくれたNさん、ありがとう。


宮森さん、読んでくれたかな?



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