鶴の湯温泉 (秋田県)

鶴の湯温泉の混浴露天風呂

画像出典:Wikipedia ライセンス:CC


<目次>

はじめに

第1章 そこは恋が始まる場

第2章 主導権を握るのは、やっぱり女性

第3章 失われた原風景を求めて

第4章 良質な湯と豊富な量、そこは理想の温泉郷

第5章 混浴に学ぶ人としての作法

第6章 混浴というセラピー

混浴温泉ベスト50リスト

あとがき



女性の「だから混浴はやめられない」という心境はどんなだろうと思って読んだのですが、あらためて混浴というものを見直しました。これこそ日本の文化ですね。

混浴こそが古代から伝わる日本の温泉の原風景であり、もっとも自然な形だと考えているからだ。


そもそも温泉は混浴


第三章では、日本の温泉の歴史が書かれています。火山大国の日本は、あちこちに温泉が湧き出ているわけですが、それは人里離れていることもあり、古代より温泉は貴重でした。なぜ、男女別浴ではないのかというと、それは温泉が貴重だったからとのこと。今回、山形県の滑川温泉に行ってみて、そう実感できました。


ゆえに、日本の温泉は混浴がデフォルト。松平定信の寛政の改革以降、江戸市中の混浴は禁止されたとのことですが、男女別浴は経営を圧迫するため、実質なくなることはなく、明治維新を迎えます。



混浴減少へ


しかし、文明開化策により、東京からは混浴が消滅してしまいました。

明治になると、西洋に対しての自国の意識、富国強兵の意識が根付いてしまった。それには、まずは国民の生活習慣を変えること。野蛮なことは早くやめさせる。そんな時代の流れが押し寄せてきた。

そんな中で、もちろん、男女が一緒に風呂に入る“野蛮”な「男女入込湯」は、当然ながら徹底して禁じられた。これは明治時代になってすぐのことである。


それでも地方では生き残りますが、それでも、全国の混浴はすごい勢いで減少しているようです。

第一、混浴が恥ずかしいとか厭らしいっていう感情は、都会からきたお客が持ち込んだもんだ。だって、僕が小さい頃は、そんな感情、ねかったもん


そうなのか。。。そうだよなぁ。


公衆浴場の設置には行政への届出が必要とのことですが、公序良俗に反するということで、実質新設への道が閉ざされているとのこと。そうなると、現有の混浴を守るしかありません。

お風呂のマナーであっても、実は人間としての基本的なマナーでしたね。混浴風呂は、人と人との関わりを学ぶ場所なんですよ。(白骨温泉「泡の湯旅館」の女将の言葉)

温泉経営者に、混浴文化を守ろうというこうした決意がないと、なかなか守ることができないのかもしれません。21世紀を通じて、より多くの混浴が残ってほしいと切に願います。



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