2014年の大河ドラマ『軍師官兵衛』。


予習をかねて、本書を読みました。大河ドラマ主人公を翌年に控えて、2013年下半期は黒田官兵衛の本がたくさん出版されました。その中でいまのところ一番評価が高そうな本書をチョイスしました。


<目次>

第一章 黒田氏の出自と父祖

第二章 若き官兵衛ー本能寺の変まで

第三章 秀吉の天下統一戦争における官兵衛

第四章 朝鮮出兵から関が原合戦へ

第五章 「名軍師像」誕生の背景


名軍師像がうまれた背景


本書の著者、渡邊大門さんは、徹底的に一次資料にこだわる方のようです。下克上の世にあって、後に大大名として出世したとしても、出自がよく分からない人物もいます。黒田官兵衛もそんな一人です。江戸時代以降に著された軍記物や黒田家の公式記録『黒田家譜』は、創作が多いとのことです。


後の世に創作されてしまった黒田官兵衛像。それは「軍師」です。一次資料に当たる限り、戦国時代に「軍師」という名の職業は存在しえず、後世に創られた創作ではないか?というのが著者の見立てです。


しかし、官兵衛が知略に優れた策士だったのは事実のようです。秀吉の毛利や北条との戦いでは外交面で活躍し、本能寺の変でも知略を活かし、朝鮮出兵でも活躍しました。秀吉がなくなり前田利家もなくなると、いち早く徳川家康を支持しました。毛利方の策士である吉川広家とも交流を通じました。


第五章では、名軍師像が誕生した背景について述べます。それは、息子の黒田長政が遺言として残した言葉が官兵衛=名軍師像を生み出したのではないかということです。長政は、関が原における黒田父子の多大なる貢献を書き残し、万が一、黒田父子が西軍側についたならば西軍が勝利したであろうと書き残しました。この長政の遺言を参照しながら、後世に創作が生まれ、名軍師像、あるいは徳川家康をも倒し天下取りをうかがった官兵衛像を創り出したようです。


黒田官兵衛

出典:Wikipedia>黒田孝高

この画像は、著作権の保護期間が満了しているためパブリックドメインの状態にあります。


2014年大河ドラマ『軍師官兵衛』


1990年代まで、戦国時代を取り扱った大河ドラマは、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康の三傑のほかに、武田信玄などメジャーな戦国武将を取り上げることが多かったですが、2000年の『葵 徳川三代』以降、2002年・前田利家、2006年・山内一豊の妻千代、2007年山本勘助、2009年直江兼続と、2011年浅井三姉妹のお江と、マイナー路線に転じました。黒田官兵衛という人選も、その延長と見ています。


仲間由紀恵が山内一豊の妻千代を演じた『功名が辻』では、斉藤洋介が黒田官兵衛を演じ、柄本明が演じる秀吉を天下取りへとそそのかし、関が原では九州を平定し天下を伺う姿勢を西田敏行が演じる徳川家康に警戒される等、実に味わい深い演技をしていました。これも後世の軍師像に基づくものでしょう。


さて、2014年の大河ドラマ『軍師官兵衛』では、どのような黒田官兵衛が描かれるのでしょうか。


生年と年表


主要人物との年齢差を確認しておきます。織田信長とは12歳差、竹中半兵衛とは2歳差でした。


  • 織田信長(1534-1582)
  • 豊臣秀吉(1537-1598)
  • 徳川家康(1542-1616)
  • 竹中半兵衛(1544-1579)
  • 黒田官兵衛(1546-1604)
  • 加藤清正(1561-1611)
  • 吉川広家(1561-1625)
  • 黒田長政(1568-1623)


主要イベント時の数え年齢


転機は本能寺の変、そして関が原でした。


三木合戦 1578年   33歳
本能寺の変 1582年 37歳
九州平定 1587年 42歳
秀吉による天下統一 1590年 45歳
秀吉没 1598年 53歳
関が原の戦い 1600年 55歳


関連書籍

NHK大河ドラマ 軍師官兵衛 一
前川 洋一, 青木 邦子
NHK出版 ( 2013-11-27 )
ISBN: 9784140056431



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