杉原千畝
image via 杉原千畝 - Wikipedia (license : CC0)

<目次>
  • ヨーロッパ地図
  • 発刊に寄せて
  • 序にかえて
  • 第一章 逃れてきた人々
  • 第二章 華やかなヨーロッパ
  • 第三章 暗雲の広がり
  • 第四章 敗戦の予感
  • 第五章 囚われの身
  • 第六章 祖国の苦い土
  • 第七章 再会
  • あとがき「終わらざるドラマ」
    • 杉原千畝に関する外務省記録
    • 杉原千畝年譜
    • 杉原千畝の顕彰
    • 国会における質疑応答 
    • 人道の丘公園の建設
    • リトアニアとの交流
    • 杉原千畝記念館を


杉原千畝氏。ロシアとドイツの間の小国リトアニアで、外務省が許可しなかった日本通過ビザを無断発給して6000人のユダヤ人を助けた外交官。8月に杉原千畝記念館に立ち寄ったこともあり、本書を読みました。



本書は、千畝氏の奥さん、幸子さんによるものです。こうした伝記・自伝には嘘がありません(意図して嘘を書く、記憶が曖昧といことがなければ)。当時、現地で何に遭遇し、何を見たのか、真実が語られています。
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杉原千畝氏と戦線の年表


  • 1939年7月   杉原千畝、リトアニアの在カウナス領事館・領事代理に任命される。
  • 1939年8月23日 独ソ不可侵条約締結
  • 1939年9月01日 ドイツ、ポーランド侵攻、第二次世界大戦始まる。
  • 1940年5月~6月 ドイツ、ベネルクス三国・フランスへ侵攻
  • 1940年6月15日 ソ連、リトアニア進駐開始
  • 1940年7月21日 ソ連傀儡のリトアニア議会が、ソ連加盟を宣言
  • 1940年7月~  杉原千畝、2139通の日本通行ビザを発給(~9月5日)
  • 1940年8月29日 カウナス領事館閉鎖
  • 1940年9月05日 杉原千畝、カウナスより退去、ベルリン経由でプラハへ。プラハ総領事館着任。
  • 1940年9月27日 日独伊三国軍事同盟締結
  • 1941年2月28日 杉原千畝、ドイツ・ケーニヒスベルク総領事館着任
  • 1941年4月13日 日ソ中立条約締結
  • 1941年6月22日 ドイツがソ連侵攻開始、リトアニア再独立を宣言
  • 1941年8月07日 リトアニア政府解体、ドイツ支配下に。
  • 1941年6月~1944年7月 リトアニアのホロコーストで19万5千人のユダヤ人が殺害される
  • 1941年11月 杉原千畝、ルーマニアの在ブカレスト公使館勤務
  • 1944年~  ソ連が再びリトアニアを占領
  • 1945年2月  ヤルタ会談で、英米がリトアニアのソ連加盟を認める
  • 1945年5月  ドイツ敗戦
  • 1945年7月  ブカレスト郊外のソ連収容所へ
  • 1947年4月  ナホトカ、ウラジオストック経由で日本に帰国


あらすじ


ユダヤ人に日本通過ビザを発給

千畝氏がビザを発給したのは、既にドイツとソ連がポーランドに侵攻し、戦争の火ぶたが切られた最中です。ドイツはユダヤ人への排撃を強め、ドイツに占領されたポーランドからリトアニアへとユダヤ人は逃れてきたのでした。日本の外務省と交渉するも、ドイツとの同盟関係を強化しようとしている最中でもあり、外務省はユダヤ人への日本通過ビザ発給を許可しません。千畝氏は外務省に無断でビザを発給します。発給は途中まで記録していたようですが、2000枚を超え、1枚のビザで帯同者も入国できることから、6000人以上のユダヤ人が日本を通過したとのことです。この1ヶ月強の押し寄せるユダヤ人とビザ発給の模様を描いたのが第一章。


千畝氏の出会い、洋行、囚われ、帰国、ユダヤ人との再会

第二章は戦前に戻り、幸子さんの千畝氏との出会い、千畝氏からのプロポーズ、ヨーロッパへの同行、リトアニアへの転勤決定(1939年7月)までが第二章、1940年9月、リトアニア駐在を終え、プラハ、ドイツ・ケーニヒスベルク(現ロシア・カリーニングラード)駐在時代(~1941年11月)が第三章、ルーマニア・ブカレスト時代、ドイツ敗戦、ソ連による連行(1945年7月)が第四章、ソ連収容所から日本への帰国の旅路(~1947年)が第五章、外務省による辞職勧告、第二の人生のスタートが第六章、1968年、突然のイスラエル人からの連絡からイスラエルとの交流が七章。


杉原千畝氏は、謙虚な方で、当たり前のことを当たり前のようにしたに過ぎないとして、ユダヤ人に対してビザを発給したことは決して誰にも話しませんでした。ビザを渡した人たちがその後どうなったかも分かりません。それが、戦後23年経って、そのビザで助かったイスラエル人が千畝氏を探し当て、千畝氏に連絡をしてきます。その後、イスラエルやユダヤ人社会に表彰され、本人が亡くなり、本書が出版された後の2000年になって名誉回復を果たします。
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自伝には真実がある


冒頭、自伝には真実が語られていると述べました。本書で語られている真実は二つ。


予感

一つは、杉原夫妻は、日本とドイツが戦争に勝てないことを早期に予感していたこと。ドイツ語もロシア語も話せる千畝氏は、現地でドイツとソ連の情報戦を目の当たりにしたでしょう。それなのに一体、日本は何をやっていることやら。


誠実なドイツ人

また、ドイツの軍人の態度。ドイツの軍人といえば、規律正しく、キビキビしているイメージがあり、またユダヤ人を虐殺したことから冷血なイメージがあります。挨拶の言葉は、「グーテンターク」ではなく「ハイル・ヒトラー」。


ところが、幸子さんが遭遇したルーマニアから敗走中のドイツ軍は、そうではありませんでした。彼女は戦場ではぐれてしまいます。女性が戦場で彷徨い、捕まってしまえば、レイプされてもおかしくありません。しかし、ドイツ軍人の態度は暖かく、優しいもので、彼女を夫の元に返してくれました。また、敗走中である彼らは、もはや「ハイル・ヒトラー」という言葉を発しません。


戦争は狂気です。洗脳です。洗脳された者同士が戦い、殺し合う。戦争が終わりに近づけば、その洗脳も解け、人間性を取り戻します。


本書は、戦火を逃れ、捕虜として収容されというつらいエピソードが二章に渡って続くわけですが、このドイツ人たちの態度には、少し心が和らぎました。


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