南シナ海
image via South China Sea - Wikipedia (license : CC0)


<目次>
  • はじめに 歴史からのアプローチ
  • Ⅰ 史学
    • 1 儒教とは何か
    • 2 史学の期限
    • 3 史学の枠組み
    • 4 史書のスタイル
  • Ⅱ 社会と政治
    • 1 エリートの枠組
    • 2 貴族制
    • 3 科挙体制
  • Ⅲ 世界観と世界秩序
    • 1 「天下」とい世界
    • 2 「東アジア世界」の形成
    • 3 「華夷一家」の名実
  • Ⅳ 近代の到来
    • 1 「西洋の衝撃」と中国の反応
    • 2 変革の胎動
    • 3 梁啓超
  • Ⅴ 「革命」の世紀
    • 1 あとをつぐもの
    • 2 毛沢東
    • 3 「改革開放」の歴史的位置
  • むすび 元代の日中関係
  • あとがき
  • 参考文献
  • 略年表
  • 事項索引
  • 人名索引

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傍若無人で身勝手な中国という国


なぜ、中国は傍若無人な身勝手な振る舞いをするのだろうか?


ほとんどの日本人が疑問に感じていることではないでしょうか?そして、本書の狙いは、その疑問に対して答えることです。焦点にあてるのは、現代の中国ではなく、中国の歴史、特に社会史・思想史です。


いわゆる理屈のこね方・論理のパターンは、一朝一夕にはできあがらない。時間をかけて身に染みついた、いわば歴史的な所産である。目前にあらわれる言動から観察するより、論理の形成過程にそって考えるほうが、中国の謎の理解にたどりつく捷径になると信じる。


目次を見ていただくと、第一章では、中国における史学・歴史とは何か?日本人の観念と何が違うのか、第二章では、中国はどのような社会構造の変遷を辿ったのか、第三章では、中国は社会や世界をどう見ていたのか?第四章では、西洋と遭遇し王朝が崩壊し、どのような思想革命が生じたのか、第五章は、そして現代の中国。


そして、驚愕の事実があります。中国人のナショナリズムを作り、「中国」という「国家観」を植え付けたのは一体、誰なのか?その人物をどのようにしてそのような考えに至ったのか?です。読書日記人気ランキング


「中国」を作ったのは誰なのか?そこへ至る原因は?


誰なのか?に対する答えは、清国末期の日本への留学生、梁啓超(りょうけいちょう)です。そして、その人物がそう考えるに至った原因は、日本人が西洋の言葉から一生懸命翻訳して作った大量の和製漢語との遭遇です。


戊戌(1898年)9月、日本にやって来た。東京に一年間住み、少し日本語が読めるようになったことで、思想が一変した。 (P163)


現在、我々が使っている音読み熟語の半数は、明治維新以降に西洋語から翻訳された言葉だと言われます。speechを演説、societyを社会、libertyを自由、-ismを主義など。そして、これらの和製漢語は、日清戦争後の日本への留学生たちによって、日本で吸収され、中国へ逆輸出されました。


中国の文明開化は、日本経由でなされたのです。


「日本にやって来た」梁啓超は、そんな読み方で日本語の著述を次々に読破し、どんどんアウト・プットした。西洋語を訳した日本漢語と漢文もどきの訓読文体を、あえて積極的に駆使したのである。新しい文体の漢語だといってよい。(中略)(P165)


そして、日本から中国へ逆輸出された漢語の一つが「国家」です。明治維新によって、日本は幕藩体制から中央集権国家に移行しようとしました。急速に「国家」や「国体」を意識するようになります。この時の国家は、英語でのnationやstateです。


一方で、中国には、王朝を意味する「国家」はあっても、nationやstateを意味する「国家」はありませんでした。nationやstateの概念を、中国は日本経由で輸入したのです。


元来「国家」という漢語は、王朝・政権を意味する。それを日本人の和製漢語が、nation/stateの意味にした。そこで日本人の用いた国家・国という漢字がその意味を帯びはじめる。 (P169)


そして「中国」という概念すらも、梁啓超が作り、中国へ逆輸出します。


(梁啓超は)「支那」に代えて「中国」という新たな概念を提唱した。それはもはや天下の中心を意味する普通名詞の中国/中華Middle Kingdomではない。「列国」の「一国」たる漢人たちの国民国家China/Chineを意味する漢訳語であった。 (P170)


現代の中国の傲慢な振る舞い


従来の中華思想の「中華」は、世界の中心という意味であって、世界にたくさんある国々のうちの一つではありません。「中国」という概念を輸入したことにより、中国ではじめて、民衆まで含めたナショナリズムが勃興します。


日本人にとって不運なのは、その勃興時期に、日本と中国は戦争をしてしまったことです。戦争は、ナショナリズムを強化することになりました。このことが現在までも尾を引いています。そしてまた、従来の中華思想(辺境は野蛮であるという思想)と新しい中国という国家観が、チベット・ウィグルへの弾圧、南シナ海、東シナ海への海洋侵出に繋がっています。


いやはや。。。


なぜ中国が傲慢なのかはわかりました。しかし、この迷惑な隣人国家とどのようにして付き合っていくかの解決策までは見出せませんでした。


推敲時間:49分


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