<目次>
  • 第1章 一九八三年、船橋の松本家
  • 第2章 サティアンで暮らす
  • 第3章 事件と父の逮捕
  • 第4章 唯一の正大師となって
  • 第5章 教団から離れて、社会へ
  • 第6章 大学生活と死刑確定
  • 第7章 大学卒業後
  • 第8章 事件と父―オウム真理教とは何だったか


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本書は麻原彰晃の三女、松本麗華さんの半生を綴った手記です。ご自身の半生を振り返り、バッシングを受ける可能性が高いのにもかかわらず、さらけ出した覚悟と勇気をまずは称えたいと思います。


なぜ手記を読むのか。


その人の立場でなければ分からないことがあります。もちろん、その人の立場になることはできませんが、読書を通じて多少は垣間見ることができます。その人はその人の立場なりに、苦悩、葛藤を抱えて生きています。それを批判することはできません。立場が異なる人の苦悩、葛藤を知ることは、この社会をよりよくしていくための一歩だと私は信じています。


本書の存在を知ったのはつい最近のことです。元官僚の宇佐美典也氏と日刊カルト新聞の間でプチバトルが目に留まったのがきっかけです。



率直なところ、代弁論争なんてどうでもいい。それよりも本人弁を知りたい、というのが本書を読むきっかけとなりました。


本書出版の経緯


麗華さんの苦悩の最大原因は「アーチャリー」という虚像、アレフとの「関係」があるという虚像です。アレフとの「関係」は虚像・フェイクニュースであると、彼女の主義主張は一貫しています。


わたしはずっと教団と「関係」があると批判されてきました。わたしが考える、批判されるべき教団との「関係」とは、教団の構成員であったり、教団からお金の援助を受けたり、自らの意思で教団の運営に携わったり意思決定に関与したりすることを指します。

ここまでにも書きましたが、教団を離れた後にわたしが行ってきたことは、どれもこの「関係」には当たりません。


そんな作られた虚像に自分の人生が翻弄されてしまっていいのだろうか。自分の人生を生きるため、彼女は本書を出版することにしました。


わたしは生きる力を身につけるために、この本を書いています。 (P293)

わたしはもう一度立ち上がります。何度も何度も躓きました。もうだめだと何度も思いました。いえ、わたしは今日にも「もうだめだ!」と絶望するかもしれません。

でも、いまわたしは、自分自身に言う。「死にたいぐらいつらいと言うなら、死ぬ気で生きてみろ」と。

ちょっと怖いけど、本当にものすごく怖いけど、人生の次の章にいこうと思います。 (P294)


先に述べたとおり、この彼女の姿勢はポジティブに受け止めています。


麻原彰晃についての証言


著者松本麗華さんは、麻原彰晃の三女です。そこには普通の親子の関係があったのだ、ということを本書で知りました。そのやり取りを見るにつけ、微笑ましい点もあります。そこだけを読めば、家族思いであった麻原が凶悪事件の主犯であったとは信じがたくなります。


また、幼少のころ、彼女は手を引くために盲目だった麻原の側に常にいたため、麻原と幹部たちのやり取りの過程をつぶさに観察していました。


地下鉄サリン事件では、麻原自身の直接の証言は取れいていません。事件実行犯でもないため、あるのは関係者の証言のみです。しかし、父と幹部たちとのやり取りを観察してきた彼女の経験から、麻原首謀説に疑義が生じているとしています。


わたしは事件に関し、父が何をしたのかを知りません。でも、当時を思い返し、今まで自分が経験してきたことを考えると、父がすべての主犯であり、すべての指示をしていたとはどうしても思えないのです。当時父を「独占」していた村井さんや井上さんたちが、父に真実を報告し、また父の指示をそのまま伝えていたとは信じられないところがあるからです。

村井さんは自分が失敗したときにごまかしてしまうところがありましたし、井上さんは父に対し、「これをやりましょう!」「一ヶ月以内にできます。やらせてください!」と言い、父が「そうか」と言えば、「尊師の指示だ」と言うのを何度も見てきました。彼が「尊師の指示だ」と言うのを聞くと、「お父さん、そんなこと言っていなかったけどな」と疑問に思ったものです。 (P272)


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本書への批判


彼女が父を信じる気持ちまでは否定しませんが、本書について、私は二点、批判します。


地下鉄サリン事件以前の殺人事件

一点目、地下鉄サリン事件以前のオウムが犯した殺人事件に一つも触れられていないこと。


ナチスのホロコーストでも、非人道的なユダヤ人大量殺戮がいきなり始まったわけではありません。そこには長い道のりがあります。ホロコーストに先駆けること10年ほど前から、優生学に基づく不治の病の患者に対する安楽死施策が続いていました。「安楽死」に対する罪悪感が消えていったことがユダヤ人殺害への罪悪感もなくなった原因ではないかと、『ヒトラーとナチ・ドイツ』で述べられています。


地下鉄サリン事件も突然起きたわけではありません。社会と断絶し、一人ずつ殺していくうちに「殺人」に対する罪悪感が薄れて行ったであろうことは容易に想像できます。麻原はそれら事件を知っていたでしょうし、止められる立場にあったのにもかかわらず、止めることもしませんでした。殺された者には信者もいます。「指示に従わなければ殺される」という恐怖感が幹部たちの間に覆われていたことも想像に難くありません。その恐怖感を取り除くことは麻原しかできなかった。しかし、そうしなかった。


幼少時の記憶

二点目、幼少児の記憶は正しいとは限らないこと。


彼女自身、学校に行けなかったために学力が数年遅れだったことを後悔しています。義務教育は、保護者の義務であって子どもにとっては権利です。教育の権利を奪われたという点で、彼女は被害者です。


問題なのは、語彙力が認識能力を決める、という点です。分かり易い例が、誰しも三歳未満の記憶がないことです。表す言葉がなかったから、記憶にないのです。語彙力が記憶力を決めます。例として、太平洋戦争時の慰安婦たちの証言があります。国連のクマラスワミ報告の日本語訳を読みましたが、それはまあ酷いものです。日本兵が人肉を食べていたといったおどろおどろしい証言が続くからです。しかし、慰安婦たちのほとんどは文盲でした。彼女たちに見聞した事実を表現する言葉があったとは思えません。


本書に話を戻しますと、同年代の子どもよりも学力が劣るということは、語彙力が低いことを意味します。本書の中でも、いくつかの言葉を知らなかったことと証言しています。語彙が少ないということは、それだけ幼少時の記憶にも疑義が生じます。


まとめ


冤罪説には賛同しかねます。しかし、この事件の裏には健全な親子関係があり、現在も娘が父を想う気持ちがあることを知れたことは、救いです。麻原と同じく四人の娘を持つ私には共感できる部分です。麗華さんには、この後も自分の人生をしっかりと生きてほしいと願います。



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追記

2018年7月6日

7月6日午前9時ごろ、麻原彰晃こと松本智津夫の死刑が執行されました。まさか書評を書いた6日後に執行されるとは。




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