<目次>

タブーはないが、モラルはある

第一章 それは「生理的なこと」だからしょうがない

第二章 「FUCK」という語のない文化

第三章 男の時代

参考文献


本書のタイトルを見たら、これは速攻に成り余れほどに読まねばならぬと直感し、読みました。『古事記』の時代、『源氏物語』の時代、そして「日活ポルノ」の時代を引き合いに解説を試みたいと思いますが、けっこう目から鱗の情報が満載でした。


『古事記』の時代


日本人に性のタブーがないルーツは、どうやら『古事記』まで遡れそうです。以前にも、『古事記』はエロスだ!というような本を読んだことがあるのですが、完全に現代文解説をしてしまっていて、原文との対比のようなものがあまりなかったものですから、単に解説を読んだだけになってしまったのですが、今回は違います。


日本という国を作ったイザナギとイザナミは、とんでもない会話をしているんですね。私の穴をあなたの出っ張りで塞ぎましょうと。そういう意味だったのか。。。原文を漢字かな交じり文にすると、こういうことらしいです。

イザナミの命の《あが身は、成り成りて成り合はざる処一処あり。》

イザナギの命の《あが身は、成り成りて成り余れる処一処あり。》 (P37)


「成り合はざる処」は女性器、「成り余れる処」は男性器です。


また、「性交する」の大和言葉である「まぐわう」は、漢字では「目交う」と書くとのこと。男女が視線を合わせることが「まぐわう」、つまり男女が視線を合わせたら、やることは一つというわけだそうです。


なぜ、国造りが男女のまぐわいなのかというと、それは、日本には万物の創造主の神が存在しないからとのこと。

日本には「万物の創造主」というような神がいません。だから、「そこに日本が存在する世界」を創造するとなると、そのための具体的な行為が必要になります。日本人にとって、その「具体的な行為」というのは性交で、だからこそ日本神話は、男女二神による性交で始まります。 (P34)


関連書籍

『源氏物語』の時代

『源氏物語』

image via Wikipedia under license of P.D.


時は下って平安時代。『源氏物語』や藤原道長・藤原頼通らの摂関政治です。藤原道長が娘を三人の天皇に入内させ栄華を極めてまもなく、藤原頼通以降、急速に藤原摂関家の力はしぼんでいきます。藤原氏を外戚をしない天皇の誕生が理由だ、というのは、日本史に少しでも詳しい方なら誰でも知っていることなのですが、なんでそんなことが起きたの?ということが説明されていません。


女が強かったんですね。当時は。

藤原の氏の長者であるような男が摂政になり関白になるために必要なのは、「天皇の子を産む娘」です。だから、摂関政治の時代に価値があるのは、男ではなく女です。 (P169)

藤原頼通のライバルは、実は道長の娘たち、つまり頼通の姉妹なんですね。妹の藤原妍子が産んだ禎子内親王が後三条天皇を産み、ここに藤原氏を外戚としない天皇が誕生します。妍子から見れば、兄頼通の娘よりも、自分の娘のほうがかわいいもの。なんとか嫁がせてやらねばなりません。


もう一つ。平安時代は男が女の家に通うという話。そのカラクリもよく分かりました。男子には相続権がないとのこと。ひょえー。根無し草にならぬよう、女の家に転がり込むとのことです。

平安時代の貴族の娘は、自分名義の土地建物を持っています。不動産の相続は父から娘へされるのが当時です。一方、貴族の息子にはその相続がありません。「住む家がほしけりゃ、自分で女のところに転がり込め」というのが、当時の「通い婚」の実態ですから、いつまでも親の家に住んでいられない息子達は、必死になって女との縁を求めます。 (P129)


そして、女の家を覗き、勝手にあがっては、目があえば、まぐわってしまうとのこと。『源氏物語』が描く世界は、男が読むようなエロな描写はありませんが、描かれている世界は、覗きであり痴漢であり強姦と言えそうです。


関連書籍


『小柴垣草子』というのは、『性のタブーのない日本』の中で紹介されていた平安時代の春本。ぐぐってみて下さい。モロです。



「日活ポルノ」の時代


そして、一気に現代へジャンプ。というより、先に現代のことが解説してあったのですが。成人映画と一般映画の差は、実は何もない!というのは驚愕の事実でした。単に届け出る映倫の窓口が違うだけとのこと。

映画の審査をする映倫に、一般用と成人用の二つの窓口があって、成人用の方に提出してしまえば成人映画で、映倫が成人指定をする以前に、制作側が「どっちにしようかな」を決めるだけで、中身は関係ないというのが、今はなきにっかつロマンポルノの実情でした。 (P20)


猥褻かどうかというのは、どうやら、警察の胸先三寸のようです。

「猥褻の罪」という項目を持ちながら、日本の刑法には、「どうなったら猥褻か」という規定がありません。だからかつては、「芸術か、猥褻か」とい法廷論争がありました。 (P21)



書評読み比べ


読書仲間のシゲさんに先を越されてしまいました。




↓↓参考になったらクリック願います↓↓
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村