アメリカP-51戦闘機

P51戦闘機

イエリン氏はP-51マスタングに搭乗し、東京大空襲に参加した。

image via Wikipedia under license of P.D.


今年は太平洋戦争敗戦から70年ということもあり、いろんな特集が組まれることになりそうです。3月10日の東京大空襲にあたり、産経新聞の記事が目に留まりました。



日本側の視点で描かれた太平洋戦争の従軍記は複数読みましたが、アメリカ人の視点で描かれたものは読んだことありませんでした。本書がその初めての本となります。アメリカ人側の視点の本も読んでおくことにより、太平洋戦争を多面的な視点で見ることができそうです。


おおよそのあらすじ


本書は、太平洋戦争時にアメリカ軍パイロットだったジェリー・イエリン(Jerry Yellin)氏の日本空襲参加という戦争体験、そして息子の日本人女性との結婚、彼女の父親の戦争体験から成ります。


ジェリー・イエリン氏は1924年生まれ。1942年、18歳の誕生日とともにアメリカ陸軍に志願。P51戦闘機のパイロットとなり、1945年、硫黄島の第78戦闘機中隊に配属、日本を空襲するB29爆撃機の護衛機として、空襲に参加しました。彼もまた、多くの同僚を戦争で亡くしました。戦後除隊後、1949年、7つ下のヘリーンと結婚、4人の息子に恵まれます。しかし、妻や息子に戦争を語ることはありませんでした。


1982年、講演に招待されて初来日します。その後もう一度来日します。その際、妻ヘリーンは、末っ子のロバートの卒業旅行先として日本を提案します。1984年7月、ロバートは初来日し、三島で6週間のホームステイをします。ロバートは、一旦帰国後、大学卒業前に1年間日本滞在を決意し、1984年中に再来日します。そこで山川孝子さんと出会います。


1987年にはロバートは孝子さんとの結婚を打ち明けます。ジェリー氏の葛藤、対する孝子さんの父山川太郎氏の葛藤。同年生まれの太郎氏もまた、戦争に参加し、深い葛藤を抱いていました。


1988年3月5日、三島にて挙式し、披露宴を催します。その3日前にジェリー氏と太郎氏は初対面を果たし、また、披露宴後にはロバートの親友である長田氏の通訳を挟んで、二人はお互いについて語ります。戦争終結から43年の年月が過ぎました。


戦争の傷跡


二度と戦争という過ちを犯さないために、戦争を知らない我々の世代、さらには今の子どもたちの世代に戦争体験を語り継ぐことは、非常に大切なことだと思います。にもかかわらず、戦争を経験した世代の方々は、なぜか戦争を語りません。私の父母は二人とも末っ子で戦中生まれなので、戦争記憶はそれほどありませんが、年の離れた父母の兄姉は、戦争経験者です。しかし、伯父伯母から戦争体験を聞いたことはほとんどありませんでした。戦争を経験した世代がなぜ戦争を語らないのか、その理由が今までよく分かりませんでした。


本書でのジェリー・イエリン氏と山川太郎氏も同じです。決して家族に戦争について話しませんでした。二人の子どもの間の結婚が決まるまでは。


現代における戦争、イラク戦争やアフガン戦争では、従軍したアメリカ軍兵士は、帰任後も戦争後遺症に苛まれると言われます。太平洋戦争も同じだったのではないでしょうか。


私に守るべきものがあるように、敵にも守るべきものがある。


「世界平和のため」「国を守るため」といろいろ戦争の大儀は言われます。しかし現代の戦争と異なり、太平洋戦争は総力戦でした。


家族を守るために憎い敵を撃つ。


戦争に志願する人たちの心意気とはそのようなものではなかったのではないでしょうか。ジェリー氏も太郎氏も家族を失いませんでしたが、共に多くの戦友を亡くしました。


戦争に志願する前のジェリー氏が、初めての女の子とのデートに出かける際の、ジェリー氏の母親の言葉が正鵠を射ていると思いますので、引用します。


私はかつて日本人にたいして抱いた感情を思い出した。戦争中、私の心の中で渦巻いた激しい怒りは本物だったのだ。その感情の一部は、私が初めてのデートに出かけようとしていたとき、母が告げたことがきっかけになっている。

「知らない男が家に入って来て、姉さんに乱暴を働いているのを見たら、どんな気がする?」

と母は訊いたのだ。

「ぼくはそいつを殺すよ」と私は答えた。

「今夜デートする女の子にも弟がいて、その弟は、姉さんを思うおまえの気持ちと同じ気持ちを自分の姉に抱いている、っていうことを忘れないように」 (P40)


戦争の心の傷を癒すには


自分が生き残り多くの戦友を失ったことは、心の傷を残します。それが戦争について語れない正体のようです。


ジェリー・イエリン氏と山川太郎氏。43年を経て、お互いの子どもの結婚を通じて、戦争の心の傷が癒されたことが、本書には綴られています。読んでいて胸が熱くなりました。長文になりますが、いくつか引用し、本書評を締めくくらせていただきます。


<ジェリー氏が太郎氏に対面する前の心境>

戦争の話をして、山川氏が戦争中に果たした役割について知りたかった。自分の体験を氏に打ち明け、氏にもそれを打ち明けさせたかった。二人とも多くの苦難をくぐりぬけてきた以上、お互いの戦争体験について何も知らずに相手の子供を自分の家族に迎えることが出来ようか。私同様、やはり私の孫の祖父になる山川氏という人間を深く知るようになりたい。氏の生い立ちや経歴、人生観が私には大事なものなのだ。息子のひとりが今まさに氏の息子のひとりになろうとしているのだから。 (P194)


<披露宴にて、太郎氏の戦友のスピーチ>

「祖国に復員してきたとき、私はそこで目にした光景に心をゆさぶられた。町々が焼き払われ、かつてかよっていた学校の校舎は跡形もなく、同期生で生き残った者は八人しかいないことを知ったのです。それ以来きょうまで、私は深い悲しみと恥を心に背負ってきました。それは戦いに敗れたことへの屈辱ではなく、祖国をあれほど荒廃させてしまったことへの恥だったのです。このことを今まで口に出していくことはできなかったのですが、きょう私は、祖国と私たちの生き方を無残に引き裂いたアメリカ人にたいして感じていた憎しみから解放されて、ほっとしました。

ロバートさんと孝子さんが夫婦になって目の前に立っているのを見て初めて、そういう深い憎しみを抱いた責任は自分にあるのだ、と悟ったのです。今は、大きな錘が肩から取り除かれた気持ちで胸が一杯になっています。わが友の娘さんと、敵側の息子さんがひとつに結ばれた婚礼の席に加われたことを何よりも嬉しく思い、ここに、皆様がた一同の健康を祈って乾杯させて頂きます」 (P200)


<披露宴にて、ジェリー氏のスピーチ>

戦争と結婚について私は語った。初めのうちは二人の縁組に不安をおぼえたこと、結局は縁組が成立して喜ばしく思っていることを語った。スピーチの結びでは、いつのまにか自分が山川太郎氏のことを話しているのに気づいた。

「私と山川さんは敵どうしだったのが友となり、さらには親類となりました。まことに慶賀すべきことであります。さて、今、ロバートと孝子の二人は新しい世代を築こうとしています。文化あるいは国家の境界線という厳しい制約に縛られない世代を、です。二人が共に手を携えて、実り多い建設的な人生を末長く送ることを念願してやみません。それぞれに異なる生い立ちの良いところを採り入れて次の世代に組みこみ、二人の未来の平和な世界の建設に役立てること、それが肝腎であると思います」 (P201)


<披露宴後の太郎氏のジェリー氏に対する言葉>

私はこれまでずっと恥ずかしい思いをしてきました。敵に向かって一発も撃たず、飛行訓練も途中で打ち切らねばならず、お国のため、天皇陛下のために命を投げ出すこともなかったからです。いつも、生きていることが忍びなかった - 友人や親類で名誉の戦死をとげた者があれほどいるのに、おめおめと生きられるか、という気持ちでした。

でも、今は生きていてよかったと思います。 (P207)


<太郎氏の長男・山川清孝氏からの手紙>

私は気づいたのですが、父が終戦を初めて認めることができたのは、ほかでもない父の愛娘で、私の妹もである孝子の結婚式によってであり、とりわけ披露宴であなたのスピーチを聞いたときだったのです。 (P229)


戦争と結婚
ジェリー イエリン
飛鳥新社 ( 1997-07 )
ISBN: 9784870313026

<目次>
  • 1 初めて日本を訪れた日
  • 2 銑さん
  • 3 戦いの記憶
  • 4 日本発見
  • 5 兼六園での思いつき
  • 6 ロバートの訪日
  • 7 孝子との出会い
  • 8 ジレンマ
  • 9 思案熟考
  • 10 第七十八戦闘機中隊
  • 11 僚友を失う
  • 12 復員
  • 13 康晴さんとの対話
  • 14 原爆論争
  • 15 ロバートと山川家の対面
  • 16 挙式
  • 17 父たちの遺産
  • 結び
  • 訳者あとがき


関連書籍



『永遠の0』はフィクションですが、本書はノンフィクションです。お薦めです。




著者・奈良橋さんが制作・演出した『The Winds of God』と『終戦のエンペラー』は、戦争の許しを描きました。



李香蘭 私の半生 (新潮文庫)
山口 淑子, 藤原 作弥
新潮社 ( 1990-12 )
ISBN: 9784101186115


劇団四季『李香蘭』もまた、戦争の許しを描いています。




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