本記事は書評サイト・シミルボンからの転載です。

世界史の文脈で日本を語る | コラム | シミルボン
(2016年12月23日)




このシミルボンにて、何を書いていくかについて。12月3日のコラムにて、当初、#歴史、#鉄道、#官能、#悪女、#コミュニティの5つをテーマに書いていこうと思ったところ、#歴史については既に書かれている方も多いので敬遠していたというお話を書きました。結果的に、最初の30記事は、#官能、#悪女、#鉄道に偏っています。


一方、先週、とある方より「なおきさんの筆力の強みが活かせるのは歴史です」というご評価をいただきました。そう言っていただけると、率直にうれしいです。シミルボンは、プロの真田ファンの方がいたり、三国志や孫子を書かれている方がいたり、幕末中心の方や時代小説専門の方、歴女も複数名。。。


歴史書評、特に日本史や中国史はあまり入る隙間がないと思っていたのですが、世界史はどなたも書かれていないようなので、世界史も積極的に取り上げていこうと思います。


私と世界史

元々、高校時代は日本史しか選択しておらず、その後理系に進みましたので、私の世界史知識のレベルは中学生レベルでした。しかし20代に海外駐在を経験させてもらい、その後外国企業との交渉を長らく担当させていただくこともあり、「こりゃ世界史を知らんとまずいな」と思い、世界史に踏み込んだのは既に30半ばを過ぎてからです。そして、最初に買ったのは、高校の世界史教科書です。これで全体を俯瞰しました。


世界史と日本史

私が、日本の学校教育で問題だと思うことの一つは、世界史と日本史が分断されていることです。他国では、歴史教育は一本であって、自国史と世界史を分けてはいないと聞いたことがあります。


日本史は、学校教育に限らず、書籍も豊富で、働き始めてからも歴史書・歴史文学を読み漁っている人は多いと思うのですが、世界史はどうでしょう。受験科目としては、そこそこ勉強された方も多いと思いますが、働き始めてからも熱心に世界史の本を読まれている方って、どれぐらいいるのでしょうか?


こうなってしまった理由は、日本が世界一長い歴史を持つ天皇家を頂く国として存続したからなのかもしれません。国境線が常に変わる他国では、閉じた空間の歴史は意味をなさないのかもしれません。一方日本では、鎖国状況下の江戸時代において、徳川光圀公や本居宣長らの功績により、すでに「日本史」が完成していました。


世界史の文脈で日本を語る

結果的に、日本人の歴史に対する知識というのは、おそろしく日本史に偏っていて、世界史の中での日本の位置づけを知らないままになっていないでしょうか?今後、ビジネスがグローバル化していく中で、世界の中の日本を知らないことは交渉上、不利になりかねません。であるのにもかかわらず、歴史学者や文科省がなぜかこの状況を改善しません。改善を試みている人もいないではありませんが、大きなムーブメントは形成していません。


市井の書評ブロガーである私にどの程度のものが書けるのか分かりませんが、「世界史の文脈で日本を語」りたいと思います。




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