<目次>

イスラームの統一性と多様性

第1章 イスラームの誕生

第2章 イスラームとは何か

第3章 歴史のなかのイスラーム

第4章 イスラームの知と文明

第5章 イスラーム変革の努力

コラム

 カーバ神殿のキスワ

 カリフの3つの称号

 イブラーヒムの回心の物語



マイブームのひとつがイスラムです。イスラム関連の本をよく読むようになりました。1月に「私はいったいイスラムの何を知っているのだろう?と問われると、ほとんど何も知らないと思っています。」と書きましたが、その後、多少なりとも理解できるようになりました。


本書はたまたま図書館で見つけました。イスラムの入門書として期待以上にわかりやすかったです。ほかにも良い入門書はあるかもしれませんが、薄い割りには内容はしっかりとしていて、しかも読みやすいということもあり、お薦めです。



イスラム教徒への改宗の仕方

マスジド・ハラーム(メッカのモスク)での礼拝

Muhammad_Mahdi_Karim

image via Wikipedia under license of GFDL 1.2


肩透かしを食らうほど簡単です。

イスラームへの改宗の手続きは簡単である。二人以上のムスリムの証人を前にして、「アッラーフ以外に神はなく、ムハンマドは神の使徒であることを私は証言します」といえば、それでムスリムになることができる。 (P22)

キリスト教は、神と信者である私の間に必ず聖職者が入ります。聖職者に洗礼の儀式をしてもらわないと、キリスト教徒になることができません。お祈りする際には、神と私の間に、キリスト像やマリア像が入ります。


イスラム教では、偶像崇拝禁止だというのは知っていました。アフガニスタンのタリバンは、仏像彫刻のバーミヤン遺跡を破壊しました。今もISISはメソポタミアの古代遺跡の偶像を破壊しています。しかし、なぜ偶像崇拝を禁止しているのかを理解していませんでした。


イスラム教では、神と私の間に何者もありません。法学者はいますが、決して神と私の間で仲介をしてくれる役割を果たしていません。私は直接神に祈ります。なので、戒律の解釈も、まちまちです。他人が戒律を守りなさいと言うことはできません。それは神との間に割って入る行為になってしまうからです。


そうみると、ISISの暴力性・残虐性はいったいなんなんでしょうか?


イスラムの歴史

アッバース朝の版図

アッバース朝

image via Wikipedia under license of CC BY 3.0


イスラム誕生の歴史が理解できました。ざっとイスラム国家の系譜を見てみます。


<イスラム国家の系譜>

  • 622年~632年:ムハンマドの時代
  • カリフ制の系譜
    • 632年~661年:正統カリフの時代
    • 661年~750年:ウマイヤ朝
    • 750年~1258年:アッバース朝
    • 1261年~1543年:カイロ・アッバース朝(エジプト)
    • 1789年~1924年:オスマン朝
    • もう一つのカリフの系譜
    • 756年~1031年:後ウマイヤ朝(イベリア半島)
    • スルタン制
    • 1250年~1517年:マムルーク朝(エジプト)
    • 1299年~1922年:オスマン帝国
    • 現在のスルタン制の国:オマーン・ブルネイ・マレーシア


<カリフとは>

「カリフ」というのは、「神の使途の後継者」(ハリーファ・ラスール・アッラーフ)のハリーファのヨーロッパ訛りで、預言者ムハンマドの宗教的な権限と政治的な権限のうち、政治的な権限だけを継承した者を指します。宗教的な権限を継承した者は、ウマラーと呼ばれる法学者で、イスラム法の整備を行います。


<正統カリフ時代から世襲の帝国へ>

ムハンマドの死後約30年の間は、4代に渡り合議によりカリフが選出されました。この時代を正統カリフの時代と呼びます。4代目カリフが暗殺されて以降は、ウマイヤ家、つづいてアッバース家がカリフを世襲するようになります。


<スルタンとは>

1258年、チンギス・ハンの孫でフビライ・ハンの弟フレグ(イル・ハン)がバグダッドを攻撃し、アッバース朝は一旦滅亡しましたが、難を逃れた一族がマムルークの庇護の下、カイロにて再興します。スルタンの称号を得るマムルークとは奴隷出身の軍人で、カリフとスルタンの関係は、権威と武力の関係である日本の天皇と征夷大将軍の関係に似ています。1517年、オスマン帝国にマムルーク朝が滅ぼされると、1543年にはカイロ・アッバース朝も滅びます。


<オスマン帝国>

19世紀になると、オスマン帝国のスルタン(皇帝)がカリフ位を継承したという伝説が創作され、第一次世界大戦後の革命によりオスマン帝国が滅ぶと、1924年にはカリフ位も廃止され、今日に至ります。


<過激派組織がISIS/ISILと名乗る訳>

正統カリフ時代からアッバース朝までがいたのが、イラク・レバント(シリア)と呼ばれる地域で、過激派組織がISISまたはISILと名乗っていたのは、正統カリフ時代からアッバース朝までのカリフを継承するという意味合いからです。


ちょっと長くなってしまったため、後半に続きます。


後半目次

  • ジハード:イスラム帝国の快進撃
  • 科学技術先進国としてのイスラム


関連ページ(Wikipedia)


年表等は、Wikipediaを参照しました。


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