ドミニク・アングル『トルコ風呂』

ドミニク・アングル『トルコ風呂』

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本来のトルコ風呂ハンマームには性風俗の意味はない。



前記事のつづきです。前記事は、なぜ読むのかという私の告白でしたが、今回は中身について書きます。


<目次>

序章 不幸物語の終焉

第一章 風俗で働いたら人生変わった

第二章 だから風俗嬢は面白い

第三章 風俗嬢とは一体何者なのか

第四章 風俗を巡る誤解と偏見

第五章 誰が風俗嬢を殺すのか

第六章 これから風俗で働く人のために

あとがき

「人生変わった」の意味するところ。それは「不幸物語の終焉」


本書のタイトルには「人生変わった」とあります。プラスに変わったのか、マイナスに変わったのかと言えば、プラスです。本書の著者かおりんさんにとっては、大きなプラスでした。それは以下の言葉に表れています。

私は風俗で働くことによって、あるいは売春行為を行うことによって、ミサンドリー(男性嫌悪)を克服することができた。いや、それだけじゃない。同時に抱えていたミソジニー(女性嫌悪)、セックスヘイト(性嫌悪)をも克服することができたのだ。


本書の目的は、風俗嬢に対する世間の誤解を解くことです。それは、「風俗嬢は不幸である」という誤解です。序章のタイトル「不幸物語の終焉」に表れていますし、次の言葉にも表れています。

風俗嬢ではない一般の方々には、風俗嬢に対して抱いている偏見について、あらためて自覚を持つことをお願いしたい。あなたの無知と無理解が、風俗嬢を弱い立場へ追い込んでいるということを、どうか忘れないでほしいのだ。


この書評を書こうと思った理由をもう一つ挙げるとするならば、世間の誤解、無知、無理解、偏見を少しでも減らすお役立ちができればと考えてのことです。


風俗嬢とはいかなる職業なのか


風俗嬢とはいかなる職業なのかを一章を割いて説明しているのですが、その職業を自覚している風俗嬢は、あえてこのようなことを言及しているということは、少ないのかもしれません。かおりんさんが本書を書いた主目的は、先に書いた通り、世間の誤解を解くことですが、もう一つの目的は、風俗嬢を啓発することにあるように感じます。


彼女に言わせれば、風俗嬢は「究極の接客業」とのこと。どんな接客業よりも客との距離が近い。身体の距離が近いだけではなく、心の距離も近い。


ポイントはここです。


売れっ子風俗嬢は、性技だけでなく、心の距離を縮める技を持っています。


裸になるのは身体だけではない。


風俗嬢の接客を受ける際、裸になるわけですが、裸になるのは身体だけではありません。どうやら心も丸裸にされてしまっているようです。


しかし、これは風俗嬢にならず、一般の男女の性愛にもあてはまるように思います。強いて言えば、風俗嬢のほうが、限られた時間で多くの男性を見ていること。その鑑識能力のレベルは、通常の女性よりも高そうです。いくつか引用して締めくくりたいと思います。


風俗嬢の仕事は、客の身体にサービスを行っているように見えて、実は客の心にこそアプローチする、多分に繊細さの求められる接客業なのである。

日常的な場面においては隠しおおせることでも、こと性愛の場面に限ってはそうもいかない。その人がどんな幼少期を過ごし、どんな人間関係を築き、どのように生きてきたか、あるいは、これまでにどんな失敗を犯し、どんな恐れを抱き、どんな悲しみを抱いてきたか...、そうした一人の人間を構成する諸々の要素が、「性」には否応なくこびり付いているものなのだ。

酒の席では、男は完全には胸襟を開かない。心を開いているように見せていたとしても、それは飽くまでもよそ行きの顔。本質的なことを聞きたければ、物理的にも胸襟を開き、全裸になってもらう必要がある。


女性にいじられることに少しばかり喜びを感じてしまう私としましては、もしそのような心も丸裸にされる状況に遭えば、心も昇天させられてしまうのかもしれません。



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