三国志


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時間を置いてしまいましたが、第1~5巻につづきです。


第6~10巻


第6巻『玉璽の行くえ』
  • 目次:曹操の危機/玉璽/袁紹のたくらみ/磐河の戦い/白馬陣/和睦
  • 表紙:関羽と張飛
第7巻『江東の波乱』
  • 目次:孫堅立つ/荊州攻略/凶兆/王允の企み/亀裂/絶纓の会
  • 表紙:孫堅
第8巻『呂布と曹操』
  • 董卓暗殺計画/曹すうの死/休戦勧告/悪来典韋/罠と罠
  • 表紙:呂布
第9巻『曹操の台頭』
  • イナゴ/逆境の流軍/長安脱出/廃墟洛陽/土性の地
  • 表紙:曹操
第10巻『徐州の謀略戦』
  • 二虎競食の計/駆虎呑狼の計/裏切り/撤退/蛟竜/小覇王孫策
  • 表紙:張飛


董卓は帝を連れて洛陽から長安へ遷都。追撃する曹操は董卓に敗れ、孫堅は洛陽で玉璽を見つける。袁紹を中心とする反董卓軍は足並みが乱れ瓦解し、孫堅独立。一方、三国志最強の呂布は義理の父を殺して董卓に臣従する。帝の古くからの家臣・王允は絶世の美女・貂蝉を使い、董卓と呂布の仲を裂き(美人計)、呂布は董卓を殺害。再び余は乱れる。


曹操(兗州)は鎮東将軍に任じられる。曹操の父が陶謙(徐州)配下に殺されると、曹操と陶謙が対立。そのすきを狙い呂布が兗州を奪う。劉備は陶謙に与する。長安に戻った帝は長安を脱出、曹操に保護され許昌へ。一瞬呂布と劉備が協定するも、劉備の留守に張飛の飲酒が原因で、徐州を呂布に奪われる(駆虎呑狼の計)。一方、江東では孫策の子・孫堅が台頭しつつあり小覇王と呼ばれる。ここに後の三国へと繋がる曹操・劉備・孫策が揃う。


以上、時代は献帝が即位する189年から許昌へ移る196年まで。読了から少し間が空いてしまい、振り返りながら書いているので、細かな点が間違っているかもしれません。


第11~15巻


第11巻『孫策の快進撃』
  • 目次:奇略/太史慈/新しい波/江南 江東平定/呂布の機智/馬泥棒
  • 表紙:孫策
第12巻『南陽の攻防戦』
  • 目次:南陽遠征/張繍の謀略/陳珪父子/偽帝討伐軍/苦い勝利
  • 表紙:
第13巻『玄徳の危機』
  • 目次:謀略戦/発覚/小沛落城/泰山の戦い/陳親子の暗躍
  • 表紙:劉備玄徳
第14巻『呂布の末路』
  • 目次:秋風/呂布の迷い/政略縁談/禁酒令/呂布の最期
  • 表紙:呂布
第15巻『玄徳の秘計』
  • 目次:臣道/血判状/英雄論/放たれた虎/袁術の最期
  • 表紙:劉備玄徳


孫策は玉璽を肩代わりに袁術から兵を借り受け、快進撃を続け、劉繇・厳白虎・王朗を駆逐し、太史慈を部下に迎え江南・江東を平定する。玉璽を手にいれた袁術は皇帝を名乗る。袁術x呂布x劉備の三つ巴の戦いになる。


曹操は南陽を討伐し一旦は占領するものの、女にうつつを抜かしている間に張繍の謀略にかかり、敗退。典韋を失う。呂布x袁術の戦い。曹操が偽帝討伐軍を形成、曹操・劉備・呂布・孫堅は袁術のいる淮南に向かうが淮南は水害に遭う。食糧難ながらも辛うじて勝利。


曹操、南陽の張繍討伐へ向かうも敗北し許昌へ帰還。曹操は袁紹(河北)を和睦し後方の憂いをなくし、劉備と組み呂布(徐州)と対決。曹操軍到着前に劉備は呂布に敗北。徐州の陳父子は呂布の裏切りを画策。


裏切りによって徐州を失った呂布は、下邳城に立てこもる。曹操・劉備の大軍に囲まれ籠城戦。内部からの裏切りが続き、呂布は敗北。命を乞う呂布に対し、劉備の助言で曹操は呂布を処刑する。


呂布を倒し、曹操・劉備は許昌へ凱旋。劉備は献帝に謁見する。献帝への忠義の厚い董承は、献帝より曹操排除の密命を受け、曹操に不満を持つ者たちと血判状を認め、劉備も仲間に引き込む。曹操は劉備を招き酒を酌み交わし、英雄は誰かと説く。この後袂を分かつ二人にとって、このシーンは横山版『三国志』前半の名場面であろう。


曹操「そもそも英雄とは 大志をいだき どんなときにでも そなえられる計をもち 行ってはひるまず 時代におくれず 天地の理を知り 万民の指揮に いどむものでなければならん」
劉備「いまの世に そのような人物が おりましょうか」
曹操「いる」
曹操「君と余だ」
劉備(曹操は それほど私を 恐れて いるのか・・・・ いかん!)


曹操に警戒されていることを悟った劉備はおどけて軟弱者を演じる。袁術・袁紹合従の動きに対し、曹操監視の下では身動きが取れない劉備は許昌を離れるべく、曹操から兵を借り受け、袁術討伐へと向かう。袁術軍は敗走し、袁術は野垂れ死ぬ。


以上、時代は許昌遷都の196年から袁術死去の199年まで。


感想

さて、ここまで振り返ってみて、多くの奸雄たちが入り乱れるが、献帝を仰ぐ曹操が一歩抜き出し、曹操が劉備を警戒しているという構図になりつつある。しかし、曹操台頭の道のりは決して平たんではなく、意外にも多くの敗北を喫している。その敗北を乗り越えて曹操はいっそう強くなっていく。


特に南陽戦や呂布との対決以降は、自身の威厳を保つ姿勢が鮮明になってくる。トップ自らが見っともない姿勢を見せることは、部下の離反を招きかねないからである。後の世に、ニッコロ・マキャヴェッリが『君主論』で君主は威厳を保つためにも失敗は部下に押し付けろと言っているの同義である。



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