Avermectin

ノーベル賞受賞の理由となったエバーメクチンの化学式


<目次>

プロローグ

第1章 自然と親しんだ小学生時代

第2章 スポーツに明け暮れた青春時代

第3章 高校教師から研究者に転身

第4章 北里研究所に入所して鍛えられる

第5章 アメリカの大学での研究生活

第6章 企業から研究費を導入して研究室を運営

第7章 エバーメクチンの発見

第8章 大村研究室の独立採算制

第9章 研究経営に取り組む

第10章 活発な研究活動と外国での評価

第11章 北里研究所メディカルセンター病院の建設

第12章 北里研究所とコッホ研究所

第13章 化学と芸術の共通性から女子美術大学の理事長へ

第14章 人材育成で社会貢献する大村研究室の活動

あとがき

大村智略歴


昨年はノーベル物理学賞赤碕勇さんの自伝を読み、今年はノーベル生理学・医学賞受賞の大村智さんの本を読みました。ノーベル賞受賞者の伝記は、けっこうおすすめだと思っています。何事かを成し遂げた人というのは、そこにいたるまでに一体どんな人生の道を歩んできたのでしょうか?そこに多くの示唆があると思います。


赤碕さんが、「一所懸命」を体現したような人であれば、大村さんは時代の先駆者でした。今でこそ風貌はおじいさんですが、ずっとエネルギッシュに活躍され、かつ時代を先導してきました。研究者だけでなく、時に経営者となり、時に美術篤志家となり、時に社会起業家となりました。


  • 自学自習
    自学自習の研究時間を取るために、就職先として時間の融通の利く定時制高校をあえて選択


  • 産学連携
    1973年38歳の時、アメリカ製薬大手のメルク社から研究費をもらい、産学連携スタート。産学連携のきっかけは、1971年から1973年までのコネチカット州・ウェスレーヤン大学への留学がきっかけ。そこで産学連携を目の当たりにし、その仕組みを日本に輸入した。


  • 破格の特許料収入
    1979年のエバーメクチンの発見と線虫による感染症予防薬の発明で特許料250億円を得る。特許料は、企業で言えば売上よりも利益に相当します。1980年代から1990年代のことです。当時、どれほどの日本企業がアメリカから特許料収入を得ていたのかは知りませんが、これはすごい金額ではないでしょうか?


  • 研究経営
    今でこそ、MOT(Management of Technology)やイノベーション・マネジメントという言葉がありますが、1981年に監事となって北里研究所の経営に携わるようになって以来、経営者としての手腕を磨き始めます。


  • 病院建設
    監事になった翌年、病院建設を提案し、1989年には埼玉県北本市に北里メディカルセンターを開設します。


  • 女子美術大学理事長
    美術への傾倒が奏功し、1993年には女子美術大学の理事、そして1997年には理事長に就任し、創立100周年行事を手がけました。そして蒐集した美術品を寄贈するかたちで、美術館を建ててしまいます。



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