石田光成と徳川家康

石田光成・徳川家康

image from Wikipedia lic:P.D.



もし、石田光成に一冊本を薦めることができるのなら、私は『君主論』をお薦めしたいです。なぜなら、『君主論』には、徳川家康と石田光成の成否の差がずばりと書かれています。このブログでも過去二回、『君主論』の書評を書きました。




『君主論』の背景


『君主論』が書かれた背景をおさらいします。時は1500年代のイタリア。当時のイタリアは日本と同じように封建領主により群雄割拠されていました。『君主論』の著者ニッコロ・マキャヴェッリは、イタリアの小国、フィレンツェ共和国の外交官でした。戦国状態にあるイタリアにおいて、マキャヴェッリが理想の君主と仰ぎ見たのがチェーザレ・ボルジアです。ボルジアを範とし、国を守るべき君主のあり方を説いたのが『君主論』で、1516年、フィレンツェの僭主ロレンツォ・デ・メディチに献上されました。しかし、マキャヴェッリはロレンツォに評価されることなく、失意のうちに亡くなります。


『君主論』というのは、悪徳の書でも残虐の書でもなく、国家を守るべきに君主の姿勢を説いた本です。大河ドラマ『軍師官兵衛』でも、たびたび官兵衛は「黒田の家を守るため」という台詞を述べていましたが、同じことです。


『君主論』は、さまざまなことが述べられていますが、その中での傭兵論と根絶やし論が、まさに石田光成と徳川家康の成否の差を著しています。


傭兵をあてにするべからず


マキャヴェッリが使えたメディチ家が治めるフィレンツェ共和国は、弱小国でした。周辺の強国に対し、いつも苦渋を舐めさせられていました。自国軍を持たないフィレンツェは安易に傭兵に頼ろうとしますが、マキャヴェッリは傭兵に頼ることを戒め、自国軍の設立を訴えます。そして、わずかな自国軍ですが、設立に貢献します。


石田光成は、自軍だけでなく、毛利や小早川の軍をあてにしました。自分の指揮命令下にない軍ほどあてにならないものはありません。毛利輝元は大坂を動かず、関ヶ原の参陣した毛利秀元は戦いませんでした。裏切りの疑いを持たれた小早川秀秋には、結局裏切られました。


黒田長政は部下を通じて徳川家康に「西軍は多くて3万人」と言ったとのことです。結局、西軍の主力である石田光成・宇喜多秀家・小西行長・大谷吉継が動かせる兵の数は、多くて3万人でした。3万人以外の兵は、まったくあてになりませんでした。


根絶やしにする


『君主論』の教えの一つが、敵を完膚なきまで根絶やしにすることです。『君主論』の残虐性が問われるのは、この根絶やし論が理由であろうと思います。


1615年、徳川家康は、豊臣家を根絶やしにしました。子どものころ、歴史を学び始めたとき、徳川家康はなんて悪い奴なのだろうかと思いました。しかし結果的に、豊臣家を根絶やしにしたことにより、その後の250年の平和が続いたのも事実です。『軍師官兵衛』でも、まさに戦乱のない太平の世を切り拓くために豊臣家の滅亡が必要だったことを説いています。


『君主論』に精通していたマイクロソフト元社長の成毛眞氏は、みずからが社長に就任した際、社長候補のライバルであったかつての上司のクビを切りました。元上司を残せば、さまざまな軋轢が生じるからです。企業のリストラクチャリングや信賞必罰には、『君主論』の思想がとても大切だと思います。


『君主論』


『君主論』自体は、聞きなれないイタリアの地名や封建領主の名前が出てくるので、ちょっと読みづらいところがあります。この本は翻訳というよりも成毛氏の持論になりますが、入門書としてはお薦めです。



君主論 (講談社学術文庫)
マキアヴェリ
講談社 ( 2004-12-11 )
ISBN: 9784061596894


東大総長を務めた佐々木毅氏の翻訳本。この本で『君主論』を読まれている方が一番多いのではないかと思います。


君主論 (中公クラシックス)
マキアヴェリ
中央公論新社 ( 2001-04-10 )
ISBN: 9784121600028


中央公論新社版の翻訳本。佐々木版と比べて、解説が丁寧に書かれていてます。




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