東京大学

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高校から大学への進学

自宅で長女(高1)と会話をしながら、ふとこんなことを考えた。


高校1年の秋といえば、まもなく文系・理系の進路の分かれ道だ。いまのところ、理系の道を進むだろう。夏休みには大学のオープンキャンパスに参加し、レポートを書くのが宿題になっていた。東工大やら慶應の湘南藤沢やら名前が挙がっていた。宿題のレポートは文化祭で貼り出されていた。しかし、レポートを見てみたら、なぜか明治大学の農学部のレポートだった。


大学の専攻と職業

ふと、自分のまわりの農学部出身女子を思い出してみた。農林水産省の官僚や研究者の人がいた。これは順当だろう。大学の専攻が職業に直結している。


大学の後輩で営業職に就いていた者がいた。また、大学の先輩で電機メーカーで企画を担当していた。彼女は大学院まで出ていたのにもかかわらずである。大学の専攻とは何であろうか?と考えさせる。それは自分にも当てはまる。


高校時代、講談社の科学新書、ブルーバックスを読み漁っていた。


1986年のスイスでの常温超伝導発見、1987年の神岡でのニュートリノ発見(小柴教授)に感動した私は、将来のノーベル物理学賞受賞をもくろみ、大学では物理学を専攻することにした。しかし、大学卒業時には専攻とまったく関係のない職業に就いている。その後母校からノーベル賞が続出するに至り、少しだけ後悔している。


技術と産業の関係


かのピーター・ドラッカーは、著書『ネクスト・ソサエティ』で、企業のパラダイムシフトを説いた。シフトしたひとつが「技術と産業の関係性」だった。20世紀までは技術と産業の関係は1:1だった。しかし、21世紀はN:Nになると説く。


具体的な例で言うと・・・


技術と産業の関係性~『ネクスト・ソサエティ』より~

3年前に「技術と産業の関係性」について説いていた。



自動車を例に挙げる。自動車会社のエンジニアを目指すなら、とにかく機械工学を専攻する必要があった。実際、1992年に私が大学を卒業した時、機械工学出身者の多くは、自動車会社を就職先に選んでいった。ところが今や自動車は、エンジンやトランスミッションなど動力伝達系は機械で動いているが、その制御のほとんど、マイコン・ハーネス(電気ケーブル)・制御ソフトウェアで成り立っている。電子工学・電気工学・ソフトウェア工学の知識が不可欠になっている。


先日、東京ガスの方が我が家にエネファームをセールスにきた。名前は聞いたことがあるものの、それが何であるか、恥ずかしながら知らなかった。エネファームとは家庭用の小型の発電機だった。発電機は、機械・電気・制御の複合体だ。通常のガス火力発電のエネルギー効率が37%であるのに対し(大部分は排熱と送電ロス)、エネファームは85%とのこと※1。未だ原子力発電に変わる次世代エネルギーの展望が見えない日本にとって、ガス火力のエネルギー効率を2倍以上に引き上げることは、現実的な解かもしれない。ガス会社が機械工学科・電気工学科・制御工学科卒業生の進路になった。


自動車とエネファームを例にしたけど、技術と産業の関係がN:Nになるということは、きっとこういうことなのだろう。


※1 東京ガス:エネファームスペシャルサイト/導入メリット-省エネ・高効率


日本企業は何で食っていくのか?


数日前、『日本企業は何で食っていくのか』の書評記事を書いた。



著者は日本に残る産業のひとつが複雑性産業であると述べている。まったくそのとおりだと思う。この意味するところは、「技術と産業の関係がN:Nになる」と同義ではないだろうか?


知識単体からコラボレーションへ

そうなると、ひとつの専門知識・ひとつの技術で課題解決はできず、複数の専門家が集い、擦り合わせたりコラボレーションを通じて知識と技術を統合していく必要が出てくる。イノベーションとはまさに新しい結合のことである(ドイツ語のNeue Kombination)。企業の中でも企業の外※2 でもあちこちでその萌芽が見られているし、大学もその担い手になろうとしている。システムズエンジニアリングやデザイン思考という言葉がはやったりもしている。


※2 たとえば、私が携わっているZESDAや企業間フューチャーセンターは、まさにそうであろう。


デザイン思考関係の本は、ティム・ブラウンと紺野先生の本も読んだが、この本が一番分かりやすかった。デザイン思考を学ぶには、慶應義塾大学が一番よいと思う。


一週間ほど前、「知識や情報が無価値になる」と書いたところ、「『無価値」と言ってしまうと、誤解しそう」とご指摘をいただいた。ありがとうございます。



訂正させていただくと、知識単体では価値が減るということ。ゼロではないが、大幅に減ってしまうと、結果的に日本人が担うには高コスト過ぎて割に合わなくなる。ますます必要になってくるのは、これまで論じたとおり、複数の知識を結合させていくこと。


高校生と大学生とフューチャーセンター

娘の進学の話に戻る。20年前、30年前であれば、理系の進学を考えることは、将来の職業を考えることに、割と近かった。機械を選べば自動車など機械系の企業、電気を選べば電気系の企業、化学を選べば化学系の企業。しかし、今はそうではない。ありとあらゆる可能性が拓けて来た。ただし、自分の専門領域の知識だけでなく、広く浅い知識、好奇心、そして人のつながりが必要だ。


私が「フューチャーセンター」にこだわる理由はここにある。さまざまな深い知識・技術を持った人を、結びつけ、あらたな課題解決へ結びつけること。


昨年来、企業人の間では、フューチャーセンターはある程度受容されてきた。しかし、大学生の参加はまだまだ少ない。次の1年~2年で、大学生、さらには、高校生のフューチャーセンターへの参加が必要になってくるだろう。そう仕掛けていきたいと思う。しかし、具体的にどうすればよいか、あまり分かっていない。賛同いただける方は、Facebook/Twitter/Google+どこでもかまわないので、コメント/メッセージをいただけるとありがたい。


(普段は「ですます調」でブログを書いていますが、この記事は自分の内面との対話のため、「だ・である調」になりました。)



(推敲&清書時間:約100分)


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