教育基本法の改正

教育勅語

image via Wikipedia lic:P.D.


平成18年(2006年)、第一次安倍内閣の際、教育基本法が改正されました。この改正は、明治の教育勅語の要素を取り込んだものでもあります。


当時、あまり関心がなかったのですが、あらためて新旧を比較すると、新しい教育基本法には、公共の精神や未来への責任、道徳心がうたわれています。非常によい考え方をしていると思います。

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しかし、一方で、当時こんな反対論もありました。


教育理念の本

<目次>

二十一世紀日本への恋文 序に代えて

 孫娘からの質問状

 日本はこれでいいのか

 自分史を刻むように

 伝えていくのはわれわれの世代の責務

 アメリカに残った孫娘

第1章 民族について考える

 教育勅語問答

 民族とは何だ

 人類イコール民族なのだ

第2章 教育について考える

 日本とアメリカの大学、何が違うのか

 英語第二公用語論批判

 しつけと国語教育

第3章 歴史について考える

 過去へのスタンスを定める 

 歴史の公準

 自己省察と想像力

 二十一世紀の針路

(資料)米国上院軍事外交合同委員会におけるマッカーサー証言


本書の主題を一言で言えば、教育理念・教育思想に関する本です。本書は2001年の出版ですが、旧教育基本法と日教組を徹底的に批判します。その理由は、個人の権利・個人の自由ばかりを強調し、公共の精神を蔑ろにしているからとしています。

戦中、日本は大国アメリカに挑戦するという危機感から、国民が「個」を滅して戦ったことも認めねばなるまい。その反動で「個」や「人権」の尊さだけを説き、「公」をないがしろにしているのが、いまの日本の乱れの真相なのである。 (P108)

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アメリカと日本の教育の差


本書の著者、中條高徳氏は昭和2年生まれ。陸軍士官学校に入ったものの、戦地に赴くことなく終戦を迎えます。そして本書は、アメリカに赴任した息子(娘?)夫婦に帯同してアメリカで学ぶ孫娘の景子さん(当時高校生)との手紙のやり取りです。親がアメリカ赴任を終え、帰国する際、アメリカに留まり、アメリカの大学に進学します。孫娘からの戦争や日本についての質問に対し、おじいちゃんである中條氏が答える形をとっています。


読んでみて、アメリカと日本の教育の彼我の差を感じざるを得ません。以下のくだりを読むと、留学中の孫娘とおじいちゃんのやり取りの中から、教育の在り方が浮き彫りになっていきます。

景子:もし日本の大学生があまり勉強しなくなっているとしたら、大学が生活の中心になっているか、それとも大学は生活の一部でしかないか、その違いが大きいと思います。 (P127)

景子:アメリカ人の学生と話して感じるのは、早く何者かになりたいという気持ちです。学生は何者でもないという意識が強いんですね。 (P128)

景子:日本の学校も選択肢をいっぱい用意して、多様化すればいいと思います。それは学生一人ひとりに生き方の選択を迫ることになります。そういう仕掛けがあれば、学生がモラトリアムを決め込んで、そこに執着することも少なくなるのではないでしょうか? (P156)

中條氏:アメリカの教育は選択、選択の連続だと言っていたが、それこそがまさに個性を育てる方法なのだ。自分で選ばせ、その結果には自分で責任を負っていく。それが個性が育つということなのだ。 (P167)


本書出版時点は、教育基本法は旧法でした。本書での批判対象は旧法です。一方、再評価の対象が明治時代の教育勅語です。この二人のやり取りを俯瞰すると、教育勅語と改正教育基本法は、アメリカの教育理念に近いことが分かります。


教育基本法が、日教組の呪縛から解放され、改正されてよかった、と率直に思いました。私の周りにいる今の20台の人たちを見ると、教育基本法の改正の成果が少しずつ出ているように思います。それは、自分に対する責任、何者かであろうとする姿勢を感じるからです。

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