女性狙撃兵ローザ・シャニーナ
Roza_Shanina
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Roza Shanina - Wikipedia (license : CC0)



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2015年のノーベル賞文学賞のスヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチさんの代表作品です。第二次世界大戦の東部戦線(独ソ戦)でのソ連側の女性兵士たち500人へのインタビューで構成されています。短いもので数行、長いものでは20ページを超えるものもあるでしょうか?


第二次世界大戦は日本も当事者でした。しかしこの本には日本人に知られざる二つの戦争の側面を炙り出します。一つは、東部戦線(独ソ戦)が史上最大の白兵戦であったこと。もう一つは、その白兵戦に女性が参加していたということです。本書は日本人の戦争観を覆しました。


なお、本書は、【朝活読書サロン】第159回【社内読書部】第25回オンラインで紹介しました。


史上最大の白兵戦

戦争での死者数の統計情報を確認してみます。独ソ戦(東部戦線)での死者数は、旧ソビエト連邦が2100-2800万人、ドイツが700-900万人、ポーランドが562-582万人、合計3362~4282万人。対する日本人の戦死者が民間人合わせて262~312万人です。



日本人の戦死者の多くは、南洋での戦死、空襲・原爆投下による民間人の死亡が占めます。上記URLによると、地上戦が主であった日中戦争の犠牲者は44万人。日米の戦争が海上制空権を巡る戦争であったの対し、独ソの戦争は地上支配権を巡る戦争でした。生身の人間同士が殺し合う戦争でした。壮絶な声を拾ってみます。


壮絶

“戦闘は激しいものでした。白兵戦です……これは本当に恐ろしい……人間がやることじゃありません。なぐりつけ、銃剣を腹や眼に突き刺し、のど元をつかみあって首をしめる。骨を折ったり、呻き声、悲鳴が渦巻いています。頭蓋骨にひびが入るのが聞こえる、割れるのが……戦争の中でも悪夢の最たるもの、人間らしいことなんか何もない。” ー 216ページ

“一番やりきれなかったのは切断手術。足を付け根に近い位置で切断してしまう時。私は患者の切断された足をやっとのことで抑えていて、切断したあとはそれを持ってたらいに置きに行くんです。とても重たかったのを覚えていますよ。(中略)膝より上を切断するときはとくに嫌だった。どうしても慣れることができなかったわ。負傷者は増井をかけられたまま呻いたり、悪態をついたり。これ以上ないっていうような汚いことばでののしるんです。あたしはいつも血だらけ……(中略)母への手紙にはこういうことは何も書きませんでした。全て順調、暖かい服もあり、靴もある、と書きました。 ”ー 121ページ


恐怖

ドイツとソ連は陸続きです。敵の侵攻を受けるということは、自分の家の軒先までに敵がやってくることを意味します。その恐怖感は尋常ではありません。自分だけであれば逃げ切ることもできますが、家族が一緒だとそういうわけにはまいりません。


“この戦争で一番恐ろしいのは死ではなかった。怖ろしいのはもっと別のことだった……自分の家族、子供や妻、年老いた両親を殺すかもしれないところで戦う兵士を想像してみよう。いつでも自分の家族を犠牲にする覚悟が必要だった。家族を破滅させる覚悟が。勇敢な行動というものは裏切りと同じく、しばしば証言者がいない。” ー 370ページ

“母は捕まってしまった。(中略)二年間というもの、ファシストは作戦に行く時に他の女の人たちと一緒に母を前に歩かせました。パルチザンが地雷を仕掛けたかもしれない、と。(中略)人間の盾です。(中略)撃てと指令が出れば、撃つんです。どこに撃っているか自分でも分からなくなりながら、その白いスカーフだけは眼を離さないようにして。おかあさんは無事かしら、倒れなかったかしら、それしか頭にはありません。(中略)お母さんは無事よと言ってくれるまでは、生きた心地がしませんでした。” ー 373ページ


赤ちゃん殺し

なぜ赤ちゃんが殺されなければならないのか?赤ん坊がいる家庭の軒先まで敵軍が押し寄せるからです。敵軍から逃れ軍に合流し、身を潜めつつも敵軍に遭遇すれば、仕方なかったのでしょう。


“仲間の中に無線通信兵がいて、彼女は最近赤ちゃんを産んだばかりだった。赤ちゃんはおなかを空かせていて、おっぱいをほしがった。でも母親も腹を空かせているし、乳がでない、赤ちゃんは泣いていた。敵はすぐそばにいる。何匹も犬をつれている。
赤ちゃんの声が聞こえれば全員死ぬことになる。三十人全員が。おわかりでしょうか?
決断が下された。
指揮官の命令を誰も伝えることができない、しかし、母親は自分で思い当たった。布きれに包んだ赤ちゃんを水の中に沈めて、長いこと押さえていた。赤ちゃんはもう泣かない。” ー 26ページ


裏切り

地続きで敵味方が入り乱れるということは、自分を守るために味方を裏切ることが往々にしてあったようです。


“『禍いのしるし』の舞台はドイツ占領下の白ロシアである。ドイツ軍の暴威はおそるべきものだが、市民を襲ったのは自国の党幹部がナチスに変身し、身近なロシア人をつぎつぎにスパイ、あるいはパルチザンとして告発したことだ。
一夜にして旗をとりかえ、民衆の敵になって民衆を売った。” ー 492ページ(解説 澤地久枝)


強姦

男は敵に捕まれば銃殺されましたが、女は…


“ロシアの女の子たちにも出会った。(中略)そのうちの一人が妊娠していた。一番きれいな子。捕虜になって雇われていたそこの主人に犯された。主人と寝ることを強要された。その子は泣いて自分のお腹をたたいていた。「ドイツ人の子供なんか、連れて帰れない」と。女の子たちは説得した……でも、その子は首を吊ってしまった……おなかの中のちっちゃなドイツっぽを道連れに……” ー 446ページ


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戦闘への女の参加


本書の主題はこの一言につきます。


“わたしたちが戦争について知っていることは全て「男の言葉」で書かれていた。わたしたちは「男の」戦争観、男の感覚にとらわれている。男の言葉の。女たちは黙っている。” ー 4ページ


もちろん、戦争について語った女性はこれまでも多くいます。しかしそのほとんどは銃後であり、女性が戦闘地域に居合わせたわけではありません。戦地に男を見送る者として、空襲被害を受けた者として、戦後の焼け野原からの立ち上がった者としての声です。しかし、この本で描かれている世界は違います。血みどろになって戦った最前線で戦った女性たちの生の声で敷き詰められています。


従軍女性のほとんどは、16-17歳で戦地に向かいました。そのほとんどは看護兵、医師、通信兵、整備士、調理係などの後方支援が主でしたが、中には歩兵、狙撃兵、砲撃手、飛行士もいました。



長い沈黙

“あの頃に訊いてまわらなければいけなかったのよ。ひたすら訊いてまわって、書き取るべきだったのよ。あのころに私たちの話を聞こうという考えが誰にも浮かばなかったのが残念。みな「勝利」の一言を繰り返していた、他のことはどうでもいいみたいだった。” ー 446ページ


なぜ女たちは黙っていたのか?一つは共産主義という政治形態が理由でしょう。情報は統制され閉ざされ、ゴルバチョフの登場を待たねばなりませんでした。


“ゴルバチョフのペレストロイカが始まった……わたしの本はすぐに出版され、その部数は驚くべき数字だった ー 二百万部。驚くべきことがつぎつぎに起きる時代だった。(中略)当時は毎日のように何十通もの手紙が来て、わたしのファイルはふくれあがった。人々は堰を切ったように語りたがった。残さずすべてを語りたがった。人々はより自由に、より率直になった。” ー 20ページ


不名誉

沈黙のもう一つの理由は、戦争からの帰還は、男には名誉にもなっても、女には不名誉にしかならなかったからです。端的に申せば、戦争に行った女は嫁に行けないといことです。


“戦争とは早く縁を切りたかった。(中略)私たちは固く口をつぐんでいた。(中略)私たちが奉られたり、懇談会に呼ばれたりするようになったのはもっと後になって三十年もたってからのこと。初めは沈黙していたのよ。勲章だって身に付けないでいた。男の人たちは付けていたけど、女の人たちは付けなかった。男たちは戦争に勝ち、英雄になり、理想の花婿になった。でも女たちに向けられる眼は全く違っていた。私たちの勝利は取り上げられてしまったの。”ー 182ページ


志願

多くの女の子たちが戦争に駆り出されていきますが、決して徴兵されたわけではありません。


“部長はこう言いました。「戦争が始まった。君たち女の子にはとても辛いことになるだろう。まだ、手遅れにならないうちに、希望者は家に戻ってよろしい。前線に残りたい者は一歩前へ」
すると女の子全員がそろって一歩前に出たのです。二十人でした。みんな祖国を守る覚悟だった。”ー 71ページ


代表として一人の声を採り上げましたが、本書では他にも数多くの志願の声が寄せられています。


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男の戦争、女の戦争


本書で書かれているのは戦地に赴き戦闘を目の当たりにした女たちの言葉です。男たちの言葉と何が違うのでしょうか?違わなければ女の声を採り上げる特段の理由がありません。違うからこそ、女の声を採り上げる意味があります。


“「私たちの戦争は二つあるんだ。それは間違いない」とサウル・ゲンリホヴィチが割り込んできた。
「戦争の思い出ばなしを始めると、妻は自分が経験したことを思い出すし、私は自分の戦争を思い出す。(中略)妻があなたに話していたようなことが私にも何かあったが、しかし、私はそれを覚えていない。私の記憶に引っかからなかったんだ。」 ”ー 161ページ

“「私のはもっと具体的な戦争の知識だ。彼女のは気持ちだ。気持ちの方がいつだってこういうことがあったという知識よりもっと強烈だ。(中略)戦地で女たちの笑い声が聞こえるのがどんなにありがたかったか。女の声は。」” ー 162ページ


これは同じ戦場に赴いた夫婦の話です。男は戦争・戦闘そのものを話しますが、女は自分の気持ちを話します。これは戦争に限った話ではないですね。


身嗜み

女性が駆り出されたとはいえ、軍隊の大多数は男で、あらゆることが男基準です。軍服も軍靴も下着も。男モノでなんとか間に合わせ、オシャレも許されません。


“徴兵司令部へ行くと、みんなまとまって一つの部屋に連れて行かれて、別の扉から出された時は、みごとなお下げ髪はなくなっていた……自慢のお下げもなし……。軍隊式の刈り上げ……着ていたワンピースも取り上げられた。”ー 48ページ

“ちょっとでも休憩がもらえると、何か刺繍をしたり、ゲートルを肩掛けに作り変えたり、何かしら女らしい手仕事がしたかった。女らしいことに餓えていました。”ー 160ページ


生理

生理のある女性は、下着の配給が男と同じというわけにもいきません。


“兵士たちが茂みにシャツを干すのを見張っていて、いくつか盗むんです。まもなく、兵士たちも合点がいって、笑ってました。「伍長、下着をください。女の子たちに盗まれてしまったんで」” ー 303ページ

“私たちは女のあれがあるから。(中略)中年の曹長だったら何でも分かってくれて、余分の下着を持っていても見逃してくれるのに、若い人が曹長だと余分を必ず捨てさせるの。日に二回着替えなければならない女の子にとって余分は無いのに。” ー 300ページ


過度なストレスがあれば、生理も止まります。戦後、無事に戻って来ていればよいのですが…


“戦中、女のあれが全く止まってしまいました。分かりますでしょう? 戦後子供を産めなくなった女の人がたくさんいました。” ー 297ページ

“過労から私たちの身体は女でなくなりました。あれが止まってしまったんです。生物の周期が狂ったのです。もう永遠に女にならないんだ、と思うのは恐ろしかった。” ー 302ページ


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男と女

癒しと気力

戦場は男社会です。女の声が、女の笑顔が男たちの支えになり、悲惨な状況下で男たちに生きる気力を与えました。


“前線で女性を見れば男たちの顔は直ちに変ったわ。女性の声を聴いても、変身した。あるとき私は怒号のそばに腰を下ろして小さな声で歌い始めたの。みんな眠っていて誰も聴いていないと思ったんだけど、朝、指揮官が言いました。「俺たちはみな眠っていなかった。女の声が恋しくてたまらなかったから」と。” ー 242ページ

“「ここの個室に重症の戦車兵がいる。ほとんど反応がなくなっているが、もしかするとあなたの歌が役立つかもしれない」(中略)頭のてっぺんから脚の先までやけどをしていました。(中略)眼のない、黒こげの顔をして。(中略)静かに歌い始めるとその人の顔がわずかに動くんです、何か囁いています。耳を近づけると「もっと、歌って!」と言うのが聞こえました。私は次から次へと唄って、医長が「眠ったらしい」と言うまで、レパートリーを全部唄いました。” ー 358ページ

“医者として何もできないのなら、せめて女性としてなにかを。にっこりするとか。なでてあげるとか、手を握ってあげるとか……
戦後何年もして、ある男の人に「あなたの若々しい微笑みを覚えていますよ」と告白されたことがあります。私にとってその人は何人もいる負傷者の一人にすぎず、憶えていませんでした。でもその人は私の笑顔が彼を再び生きる気にさせたと言いました。あの世から引き戻したのだ、と。女の笑顔が……” ー 347ページ


最期の看取り

ソ連軍の死者数は圧倒的です。故郷を、家族を、恋人を想い、多くの若者が亡くなったことでしょう。女性衛生兵・看護兵たちは、そんな男たちの叫び・呻き声を多く聞き届けたのでしょう。


“負傷者が運ばれて来た。全身を包帯でぐるぐる巻きにして担架に横たわっている。(中略)その人は私を見て誰かを思い出したみたいだった。「ラリーサ、ラリーサ」と話しかけてくる。たぶん、恋人なんでしょう。(中略)
「戦争に行くとき君にキスする間がなかった。キスしてくれ」身体をかがめてキスしてあげる。片方の目から涙がポロッとこぼれて包帯の中にゆっくり流れて消えた。それで終わり、その人は死んだの……” ー 198ページ


切なさ

これは輸血のエピソードです。ある女性衛生兵が採取した血液に住所を書き残しておきました。幸いにも、ある兵士にその血液は使われ、その兵士は彼女の面会に訪れます。兄弟だと告げて。


“「君の住所を書いておこう。ひょっとして君の血を輸血された人が現れるかもしれないからな」と言って、私たちは住所を書いたメモを瓶につけておきました。それからしばらくして(中略)「起きろ、起きろよ、兄弟が綿かいに来てるよ。」
「兄弟なんて、私にはいないわ」
(中略)下りていくと、ハンサムな若い中尉が待っていました。「オメリチェンコにご用の方は?」「私だ」そう言って、私が瓶につけておいたメモを見せてくれたんです。「私はあんたの血をもらった兄弟だ」” ー 213ページ


戦中、二人は外出許可をもらい、束の間のデートをしました。しかし・・・


“思いがけなく、三角形にたたんだ手紙を渡された。開いてみると、「あなたの友、機関銃中隊長は勇敢な死を遂げました」。それはあの「兄」のことだったの。(中略)針で心臓をさされたみたいでした……私は、どうしても前線に出て自分の血を分けた人の復讐をしたかった。どこかで私の血が流されたのですから。” ー 214ページ


その兵士は戦場で散りました。彼は孤児でした。彼が唯一持っていた住所は彼女のものでした。彼女に戦死報告がもたされたのです。あぁもう、心が裂けそうだ。


戦場の赤ちゃん

男女のロマンスがあれば、当然、戦場で生まれてくる赤ちゃんもいます。銃弾が飛び交い、生身の人間が殺し合いをする中、そこに居合わせた兵士たちは心を救われたのではないでしょうか。


“「助けてほしいんだ」とその人が言う。「ここからニキロのところで妻が産気づいている、一人で残っている」と。指揮官は訊ねる。「そこは中立地帯だ。ご存知だろうが、かなり危険だ」
「お産が始まっているんでしょ。助けてあげなければなりません」” ー 304ページ


そして、5人の銃兵とともに女性医師は現場に向かいます。


“「我慢してね、声をたててはだめですよ! 我慢して……」 と私は声をかけつづけた。中立地帯なので敵が何かに気づけば砲弾の雨を降らすでしょう。赤ちゃんが生まれた声を聞いて一緒にいった兵士たちはささやき声で「万歳! 万歳!」と喜びました。前線で赤ちゃんが生まれたんです!” ー 305ページ


著者スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチについて


著者スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチはウクライナ生れのベラルーシ人です。ベラルーシはソ連崩壊・独立以来、ルカシェンコ大統領が独裁を敷いています。スヴェトラーナを「外国に身売りをした裏切り者」とルカシェンコは避難します。そんな中でのノーベル賞受賞です。


本書の解説を寄稿したのは、14歳で満洲で終戦を迎え、日本に逃げ帰った澤地久枝さんです。ティーンエイジで戦場を逃げた自分の体験が、ソ連の女性兵士たちの境遇に重なるのでしょう。その経験がないと、本書の解説文は書けるものではありません。


澤地さんは、長らく沈黙を守ってきた女たちの声を聴く執念・勇気・情熱に参事を贈ります。


“『戦争は女の顔をしていない』は、沈黙の壁に身をひそめて戦後を生きてきた女たちにしつこく戦争の記憶を聞く。彼女が戦後の生れであること、そして相手の沈黙に負けない執念と勇気と情熱をもち、同時にいっしょに泣く感性をもっていることが、彼女の仕事をささえてきたと思う。” ー 496ページ


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関連情報

『戦争は女の顔をしていない』の評価
冒頭の肖像の狙撃兵ローザ・シャニーナ


ソ連の女性兵士を採り上げた記事
解説者・澤地久江さんの本



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追記

2020年8月30日追記

著者スヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチが「#戦争は女の顔をしていない」で検索し、国家反逆罪の容疑をかけられていることを知りました。



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