『牢人街』
『浪人街』の躍動的で審美的な1カット

<目次>
  • 第一章 豊臣公儀 秀頼の誕生
  • 第二章 徳川幕府 秀頼の成長
  • 第三章 大阪冬の陣 秀頼の沈黙
  • 第四章 大坂夏の陣 秀頼の最期




「その2」で書き終えるつもりだったのですが、書き忘れたことがありますので、追記します。

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日本史上最大の内戦


合戦での戦死者を、『長沢聞書』は豊臣方だけで約18000人とする。総勢55000人として、3人に1人が死んだ勘定だ。(中略)大軍が激突した関ヶ原の戦いですら、戦死者は両軍で8000人。それと比較しても、夏の陣は空前絶後の激戦だった。 (P238)


戦国最大の合戦となった関ヶ原の戦いでさえ、戦死者が8000人。大坂の陣はそれを上回る18000人の戦死者を出しました。Wikipediaによると、明治維新後の西南戦争の戦死者が13000人。大坂の陣は、空前絶後の日本史上最大の内戦だったことになります。


敗者に歴史はない


仮に、18000人が全員豊臣方かつ牢人と仮定して、冬の陣の前にいた10万人の牢人のうち、80000人が生き残ったことになります。80000人もの牢人は、いったいどこへいったのでしょうか?何割かは仕官がかなったと思いますが、マジョリティは仕官できなかったと推察します。選択肢としては、


  • 新しく農地を開墾し農民になる
  • 3K職場である穢多非人になる
  • 賭博などのやくざ者になる


ぐらいしか選択肢がないように思います。


勝者が歴史を紡ぎ、敗者は歴史から消えます。敗者の歴史を我々は知る術がありません。


幸い、江戸時代前半というのは、大幅に人口が増加、農業生産高が増加した時代です。

農民として生きながらえたであろうと期待します。



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