鶴の湯温泉の混浴露天風呂

日本は元々混浴文化だった。

image via:Wikipedia under license of CC



<目次>

タブーはないが、モラルはある

第一章 それは「生理的なこと」だからしょうがない

第二章 「FUCK」という語のない文化

第三章 男の時代

参考文献


一度書評を書いたものの、やや物足りないと感じたこともあり、再度別の角度から書きます。


明治維新前の日本には性のタブーがないことは元々知っていました。本書では、そのルーツが『古事記』や『源氏物語』にも表れていることを示しました。しかし、どうして日本人は性に対する意識を変えたのか、どうして性がタブーになったのかの解はありません。そして、その理由は、おそらく明治維新と文明開化です。


幕末に日本を訪れたシュリーマンは、江戸市中で混浴を目撃していますし、『だから混浴はやめられない』では、混浴のルーツを紹介しており、特に戦後、混浴の数が減っている(新規に営業開始ができないので、既存の混浴が廃業することによって、減る一方のみ)ことを紹介しています。




そうならざるをえなかったのは、明治維新、第二次世界大戦の敗戦という二回の欧米化の波、特にキリスト教の影響により、「愛」、「一夫一妻制」という概念が日本に普及したことにあると私は考えています。明治天皇までの天皇は複数の側室を持ちましたが、「一夫一妻制」という概念が普及した後の大正天皇からは側室を持たず、実際、大正天皇の子を産んだ女性は皇后だけでした。そして、戦前は、妾を持つことは別に不埒なことではなかったように思いますが、太平洋戦争後、男女平等になり、妾という存在もまた、消えていきました。


性に関し豊かな文化築いた日本人


ちょうど、Wedge Infinityに、春画展の記事が掲載されています。



昨年、永青文庫で開催された春画展、行きたかったのですが、行けずじまいでした。この記事に「性に関し豊かな文化築いた日本人」が描かれています。いくつか引用します。


今回の〈春画展〉でもう一つ感じたのは、着物の種類や模様・色合いや髪型・部屋の調度品や小道具などが熟練の技術で描かれて、生活感が溢れていることと、そんな舞台に登場する女性がすこぶる大らかで、男性以上に性を謳歌している場合が多いことだ。

(太字は筆者)


 「ここでは男も女も、妻も遊女も、娘も年増も、“その気”になった自然さを生きている。“その気”から“目と目が合い”、“まぐあい”へと官能の波は遮るものがなく流れていく」


ここでもやはり、「目と目が合う」から「まぐわう」へとつながっています。




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