女体
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1年半ぶりの千年読書会の課題図書に関する投稿です。1年半前は高浜虚子でした。



先月のお題は坂口安吾作『桜の森の満開の下』です。青空文庫でも読めますが、ここはオーソドックスな岩波文庫版を手に取りました。この岩波文庫版は短編集となっていまして、目次を見てお分かりの通り、13編の短編が収蔵されています。


<目次>
  • 風博士
  • 傲慢な目
  • 姦淫に寄す
  • 不可解な失恋に就て
  • 南風譜
  • 白痴
  • 女体
  • 恋をしに行く
  • 戦争と一人の女
  • 続戦争と一人の女
  • 桜の森の満開の下
  • 青鬼の褌を洗う女
  • アンゴウ
  • 夜長姫と耳男
  • 解説(七北数人)


坂口安吾の代表作と言われ、本短編集の中心的な役割となっている『桜の森の満開の下』はわずか35ページの短編です。しかし読んでみたものの、うーむ、微妙な。。。山賊が捕まえた女が飛んでもない悪い女で、悪女趣味な私にヒットしそうな小説なのですが、男の虐げられた感があまりないためか、いまいち盛り上がりませんでした。


そして、目次全体に目を通してみると、『女体』という文字があるではありませんか。


『女体』

谷崎潤一郎は美少女の柔肌に耽りましたが、坂口安吾もまたことさら「女体」に固執しました。ただし、谷崎が女の肌を丹念に描写したのに対し、坂口はまるで対象物のごとく言い放ちます。

素子とは何者であるか?谷村の答えはただ一つ、素子は女であった。そして、女とは?谷村にはすべての女がただ一つにしか見えなかった。女とは、思考する肉体であり、そして又、肉体なき何者かの思考であった。

この谷村と素子は夫婦です。妻を指して「女とは肉体」と言い放ちます。


仁科の媚態にも、岡本と同じものがあった。それは素子の肉体に話しかけていることだ。岡本の媚態によって、谷村はそれを発見した。 (P122)


岡本というのは谷村の師匠。仁科というのは谷村家に出入りする若者です。谷村は、自分の家に出入りする男たちが自分の女房の「肉体」に話しかけていることを発見します。男たちが女房の肉体に欲情することで嫉妬し己の欲情をたぎらせているのでしょうか。そういう面で少しパンチが足りないのは否めません。


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『恋をしに行く』

さて、この谷村氏。妻がありながら若い女の元にも足しげく通います。

信子のあどけなさ、清楚、純潔、それは目覚める感じであった。それは、たしかに、花である。なんとまあ、美しい犯罪だろうかと谷村は思う。まるで、美しいこと自体が犯罪であるかのように思われる。 (P129)


ここでは、女の美しさを犯罪だとしています。女体は男を惑わします。私もこの坂口の意見にどちらかというと賛成です。


信子に人を惑わす魔力があるなら、迷わされ、殺されたい、と谷村は思った。 (P132)


女体は存在自体が犯罪なのですから、男は女体に殺される運命にある、そういうことでしょうか。あぁ、私も女体に殺されてみたい!


『戦争と一人の女』

『戦争と一人の女』では、戦中・戦後の世相を見ることができます。

野村には明日の空想はなかった。敵に上陸され、男という男がかりだされて竹やりをもたされ、幸運に生き残っても比島とかどこかへ連れて行かれて一生奴隷の暮しでもすることになるのだろうと思っていたのだ。だから、戦後の設計などは何もない。

もし戦争に負けたら、奴隷にされてしまうと真剣に考えていたのでしょうか。だから竹やりを持ってしてでも最後まで戦おうとする人がいたのかもしれません。しかし、男は戦おうとしているのに、女は・・・・

近所のオカミサン連が五、六人集まって強姦される話をしている。真実の恐怖よりもその妖しさに何かの期待があることを野村は感じていた。女の肉体は怖しい。その肉体は国家などは考えず、ただ男だけしか考えていない。 (P170)


戦争に負ければ、女はアメリカ人に自ら体を差し出すだろうと言いのけます。しかしこれもある意味事実です。戦争に負け、多くの女性がアメリカ人相手に売春をしました。


女を肉体としか見なかった坂口安吾。その屈折した女性観は、敗戦とともに現実になったのかもしれません。


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