私は奈良橋陽子さんと面識があるわけではありませんし、存じ上げたのもわずか数年前のことです。しかし、存じ上げずとも彼女から少なからず影響を受けていたことを自覚するに至っておりましたので、奈良橋さんの本が出版されるとあっては、読まないわけにはいきませんでした。


一般的には、奈良橋陽子さんは、ゴダイゴのヒットソング、『ビューティフルネーム』、『銀河鉄道999』、『ガンダーラ』の作詞家であり、『ラスト・サムライ』のキャスティング・ディレクターとして名を馳せている方です。しかし私にとっては、英語劇の大先輩、いや師匠に当たる方と言えます。



英語劇


1988年から1992年の大学在学中、私はEnglish Speaking Society(E.S.S.)で英語劇をやっていました。名古屋近辺の大学が連盟を組み、年に一度の大学対抗の大会(The Drama Festival)を開催し、また、連盟合同の舞台制作「春企画」も行いました。大学3年の春にはウィリアム・シェイクスピアのMacbethを上演し、大学4年の春にはオフ・ブロードウェイのロングランミュージカル、"The Fantasticks"を上演し、ヒロインの父親Bellomy役を演じました。その時、ともに舞台を制作した仲間は、私の無二の友人でもあります。



この春企画が、Model Production(東京学生英語劇連盟)、通称MPを模したものだということは知っていたのですが、そのMPに創設当初から携わり、30年以上に渡り支え続けているのが奈良橋陽子さんです。その歴史の中でMPは、中村雅俊、藤田朋子、別所哲也、川平慈英らの俳優を輩出しています。



大学時代には、四大学英語会連盟(早稲田・慶応・立教・一橋)の大会も見に行ったものです。名古屋の大学と東京の大学の我彼の差は、嫌でも感じざるを得ませんでした。


また、E.S.S.には、ドラマセクション以外に、ディベート、スピーチ、ディスカッションのセクションがありました。英語劇は舞台芸術を扱いますので、舞台セットを作る、衣装を作る、照明を操作するなど、E.S.S.の本来の趣旨である英語習得以外にもさまざまな雑務をこなす必要がありました。そんなこともあって、E.S.S.のドラマセクションは、英語サークルなのに英語がしゃべれるようにならないと揶揄されたものです。


しかし、英語劇というのは、生きた英語を話すために欠くべからざる要素だと信じていました。だけれども、私の大学時代、名古屋で理論的に体系だって指導してくれる人がいたわけではありません。我流の粋を脱していませんでした。


生きた英語を学ぶこと


期せずして、本書は、まさに生きた英語を学ぶための理論が書かれていました。正しくは演劇理論なのですが、生きた英語を学ぶ理論としてそのまま使えます。理論が書かれていると言いましても、さわりの部分だけですが。


  1. Truth of self
    自分の真実を語る。
  2. Purposeful action
    心の目的(必要としているもの)に向かって行動する
  3. Talk and Listen
    体を使って伝え、体を使って聴く。Pinch and Ouch(つねって、痛い!)とも言う。


『ラスト・サムライ』の渡辺謙も、その前に彼女が手がけた『The Winds of God』の俳優人も、決して英語が堪能だったわけではなかったとのことです。だいたい2~3ヶ月の特訓で、自然な英語でセリフがしゃべれるようになったそうです。


このことから、現代のビジネスパーソンのコミュニケーション能力の向上策として、演劇理論がそのまま使えるのではないかと気づきました。コミュニケーション能力はビジネスパーソンに欠くべからざる能力です。しかし、十分にコミュニケーション能力を身につけるとは言いがたいです。全くの個人的意見ではありますが、演劇は高校生の必須科目としてもよいぐらいだと思いました。


<奈良橋さんの経営する俳優学校と語学学校>


『ハリウッドと日本をつなぐ』

<目次>

プロローグ 終わりのない旅

第一章 キャスティング・ディレクターという仕事

第二章 キャスティングの舞台裏

第三章 つながっていく人生

第四章 英語なんて怖くない

第五章 世界に通用する作品と俳優を

第六章 ハリウッド映画をつくる

第七章 広がる仕事

エピローグ 真実の瞬間


ここまでほとんど自分のことを中心に書きましたが、本の内容についても少し触れておこうと思います。書かれている内容は目次どおりなのですが、感心した点は二点です。ひとつは「つながっていく人生」、もう一つは、彼女が演出・制作に携わった『The Winds of God』や『終戦のエンペラー』などの日本の戦争・終戦をえがいた演劇・映画です。


人と人とをつなぐこと


あらためて思いますが、奈良橋さんは非常に数奇な人生を歩んで来られたと思います。祖父が宮内次官で坂本龍馬にゆかりのある方、父が外交官。5歳から16歳までカナダで過ごしたとのことで、若いころは、日本語より英語のほうが達者だったとのことです。国際基督教大学を卒業後、アメリカに演劇留学しました。日本よりも海外在住期間のほうが長かったわけですが、そんな中でも日本人であるというアイデンティティを再確認したとのことで、そのことが後のキャリアの礎になっていったようです。


大学時代のModel Productionとの出会い、夫婦でのゴダイゴのプロデュースなど、若い時から人と人との出会いを大切にされている様子がよく分かります。「キャスティング・ディレクター」という肩書きは、人と人をつなぐ人生を歩んでいるうちに結果的にそうなったのであって、若いうちからその職業を目指していたわけではないようです。


日本の戦争・終戦での「許し」を描く


二つ目のポイントは、演劇・映画を通じて日本の戦争・終戦をえがいたという点です。『The Winds of God』と『終戦のエンペラー』、この両者で描かれているテーマは「許し」です。前者は神風特攻隊を扱った舞台、後者は昭和天皇とダグラス・マッカーサーの会見を扱った映画です。



本書から3箇所ほど引用します。


ロスアンゼルスでの『The Winds of God』の上演

ロスで上演できたことで、戦争の悲劇をアメリカ側へ訴えることができたのは皆にとっても貴重な経験でした。観客の多くは目に涙を浮かべながらこの舞台を観ていました。終演後、私はある中年の婦人から、「私は父から日本人を憎むことを教わりました。しかし、この舞台を観て、同じ人間同士であることがはっきりとわかりました」という感動の言葉をいただきました。

ニュージーランドでの『The Winds of God』の上演

ニュージーランドの役者の一人のお父さんは、絶対に公演は観に行かない、日本人に対する憎しみは消えないと言っていましたが、最終公演のとき、息子に黙って現れたのです。息子は涙を流しながら、精一杯演じました。終演後、しっかりと抱き合った二人を見て、この舞台を上演した意味を痛烈に感じました。

ロスアンゼルスでの『終戦のエンペラー』のテスト・スクリーニング後

ロスで『終戦のエンペラー』のスクリーニングをおこないましたが、その中で、上演後に質疑応答がありました。すると、私の後ろに座っていたご高齢のご婦人が手を挙げて、「この映画は見事にあの時の状況を描いていると思います。私はあの時、あの場にいました」と。

(中略)

彼女の話では、アメリカの弁護団は本当に必死に(日本の戦犯の)弁護をつとめたということでした。それが、彼女が最も訴えていた言葉です。(中略)その時、彼女はひとりの人間として、日本で知り合った戦犯の家族には死刑判決を知らせたくなかったそうです。それは悲しすぎるからと呟いていました。


『The Winds of God』と『終戦のエンペラー』。この二つに通じるのは「許し」です。劇団四季の『李香蘭』も終戦後の「許し」がテーマでした。本書には決してそのようなことは書かれていませんが、奈良橋さんがこの二つの「許し」を描けたのは、若き時にほとんど海外にいたにもかかわらず、彼女が日本人のアイデンティティを大切にし続けたからだと思います。


この映画は観なければなりません。


終戦のエンペラー [DVD]
マシュー・フォックス, トミー・リー・ジョーンズ, 初音映莉子, 西田敏行
松竹 ( 2013-12-21 )


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