<目次>
  • 第一部
  • 第二部
    • 御手洗さん/被害者の父として
    • 加害者の父として
    • 被害者の兄として
    • エピローグ


2004年に起きた佐世保小6女児同級生殺害事件。この事件のことはよく覚えています。本書との出会いは、日経ビジネスの記事からでした。ちょうど、川崎市の18歳少年による殺人事件が起きた時期でした。



被害者父は毎日新聞佐世保市局長で、本書著者は入社4年目の部下の方でした。佐世保支局は、支局長宅を兼ねており、2Fが支局、3Fが支局長宅でした。著者は支局長の家族とは家族ぐるみの付き合いだったとのことです。


家族のように接していた小学六年生の少女が突然この世から姿を消しました。しかし、記者という宿命から、事件直後から自らも取材・編集に借り出されていきます。

私情では「被害者の立場に身を寄せながら、仕事として事件を追う。背中合わせに矛盾した思いを抱え込む日々は、しかしまだ始まったばかり。僕は腹をくくらざるをえないようだった。


しかし、書かれている記事がなかなか自分ごととして現実味が沸きません。

いくら読み返しても、記事に書かれた内容が、きのう起きた現実と結びつかない。どこか遠い場所のできごとのように思える。事件取材がしたくて始めた記者稼業なのに、僕は自分の周りだけは例外なく今日と同じように明日がくると信じて疑わなかったのだ。


そして、2週間後、遺影に初めて対面。

わずか12歳の女の子が、なぜ骨にならなければいけないのか。

線香を持つ手が、自分でも信じられないほど大きく震えて、ろうそくの火が灯せない。

怜美ちゃんとは、もう二度と会えない。

這いずり回るように取材をして、毎日毎日、事件の記事を書いたり読んだりしていたのに、どこか嘘のように思えていた現実。

遺骨を前にして、心の奥深いところで閉ざしていた、だれにも触れられたくない柔らかくて弱いかなしみが、急速にこみ上げて爆発した。鼻水と涙が畳にポタポタ落ちた。事件から十数日が過ぎ、焼香をして、ようやく僕は怜美ちゃんの死を知ったのだ。


この一節を読んで、感極まりました。


事件が起きてから本書が出るまで、10年の時が経ちました。著者にも10年の時間が必要だったのだろうと思います。合掌。


被害者少女のお兄ちゃんの言葉


第二部は、被害者父、加害者父、被害者の3つ上の兄(事件当時中学3年生)への取材記事から構成されています。このお兄ちゃんが素晴らしい。お兄ちゃんが著者に対して述べた言葉です。

彼女には、普通に生きてほしい。

波瀾万丈なものは僕自身がいらないというのもあるし、一回の謝罪があれば、あとは、それなりの人生を歩んでほしいです。


加害者の少女はすでに成人を迎え、出所しています。本書のタイトルは、まだ見ぬ加害者へのお兄ちゃんの言葉です。本書を読めば、お兄ちゃんも多くの苦しみ・葛藤を乗り越え、この言葉を吐ける心境になった様子が伺えます。


少年少女の犯罪に対して「子どもは可塑性が富むから更生が期待できる」と言うけれど、精神的ダメージを乗り越え、ある意味許しを与えたこのお兄ちゃんのふるまいこそが、まさに「可塑性」に富んだ結果ではないかと著者は締めくくります。

事件直後、壊れてしまいそうだった、やわらかな少年の魂は、僕が気づかないうちに、しなやかな強さをそなえていた。突飛なようだが、僕は最後に出会ったこのお兄ちゃんの姿に、少年法が理想とする可塑性の奇蹟を見るのである。



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